優柔不断な性格ゆえ、翻訳ものの、しかも小説にかぎったベスト5を挙げることにする。
小説が書かれることの意味を、小説嫌いの脳神経外科医という主人公の1日を追うことで読者の前に披露してみせたのが『土曜日』なら、史実とされるものに、どこまで小説家が想像力=創造力をもって肉薄し、テキストを再構築することができるかをやってみせたのが、『またの名をグレイス』である。『舞踏会へ向かう三人の農夫』のパワーズの新作『われらが歌う時』は、黒人初の大統領誕生を予見的に寿ぐように、人種の問題をめぐるアメリカの暗部を、音楽と恋という〈調和〉の物語でつつみこんだものだし、もしかすると、「白人と黒人」と同じ程度には断絶があるかもしれない「オタクとエリート」、そんなふたりの主人公が、喧騒曲をかなでるのが『シークレット・オブ・ベッドルーム』だといえる。古典的な恋愛小説の要素と、“時間の凍結”というSF的仕掛けが融合した表題作にノックアウトされた『限りなき夏』を入れると、ジュンパ・ラヒリの『見知らぬ場所』(新潮社)も、ディエゴ・マラーニ『通訳』(東京創元社)も入れられない……とまた悩み始めるが、次点として、『サウンド・バイツ』は必ず入れたい。グラスゴー出身のロックミュージシャンの「世界の食べ歩き本」がこれほど面白いとは、まったく予想だにしなかったからだ。