『バーデン・バーデンの夏』は掛け値なしに美しい小説だ。ドストエフスキーの妻の日記を携えて旅をする「私」と「日記」の旅が渾然と溶け合い、あの大作家の実像を描き出していく、幻の傑作。灰と埃に覆われた終末世界を、カートを押してさすらう父と子の姿が胸に染みるピュリッツァー賞受賞作『ザ・ロード』。硬質な詩的散文で描く、荒廃と暴力の黙示録は、“現在”を照射している。連作短編集『仮の水』は、中国の奥へと向かう「かれ」が、その深部に「現代」を見いだしてゆく過程を、骨格のしっかりした散文で描く。見事としか言いようのないその文章は、一読の価値あり。モスクワの街に悪魔の一団が飛来し、騒動を巻き起こす『巨匠とマルガリータ』。ミステリあり、ロマンスあり、これぞ傑作の面白さ。土曜日の早朝、火を噴いて飛ぶ飛行機を目撃することからはじまる『土曜日』は、危機の予兆を孕んだ一日をこの上なく上質かつ巧緻極まりなく描き出す。思わずため息が漏れる素晴らしい出来映え。