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ベストブック10&新人賞へ
●豊崎 ここから第二部のベスト10の順位選定に移りましょう。
いま候補に挙がっているのは、『モダンタイムス』伊坂幸太郎、『聖家族』古川日出男、『テンペスト』池上永一、『カニバリストの告白』デイビッド・マドセン、『バートルビーと仲間たち』エンリーケ・ビラ=マタス、『ザ・ロード』コーマック・マッカーシー、『幻影の書』ポール・オースター、『サイゴン・タンゴ・カフェ』中山可穂、『退出ゲーム』初野晴、『声を聴かせて』朝比奈あすか、『タチコギ』……みわ省吾?
●藤田 みつば、みつば。名前さえ覚えられていないってどうなの(笑)。
●豊崎 はははは、『タチコギ』三羽省吾ね。えー、以上の10作品がベスト10候補となっています。で、ここからですね、それぞれ順位をつけていきます。
まずは、『モダンタイムス』を1位に挙げていた方、応援演説お願いします。
●吉田 はい。『モダンタイムス』は、前作の『ゴールデンスランバー』(新潮社)とある意味で対をなす作品なんですけれども、私が伊坂幸太郎という作家を敬愛する理由のすべてがこの一冊にあるんですよ!
●豊崎 へえ、伸子さん、敬愛してたんだ。
●藤田 私は『ゴールデンスランバー』派だな。
●吉田 どっちも面白いんだけれども、こちらには恐妻家小説という側面もあって、そこがいいんだよね。
●藤田 でも、『モダンタイムス』すごい売れてるから、もう、いいじゃん!って気がするな。
●杉江 売れてるっていっても、せいぜい東野圭吾『容疑者Xの献身』(文春文庫)の十分の一くらいでしょう。もっと売れたらいいんですよ、ガンガン。
●吉田 この本、表紙がマンガになっているバージョンもあるよね。なんで二つだしたの? 「モーニング」で連載していたから?
●杉江 「モーニング」連載時の挿絵を全部収録した版ですね。井坂好太郎という登場人物が出てくるんですけど、外見は完全に伊坂さん自身がモデルになっています。でも爽やかな実物と違って、井坂好太郎は実にうさん臭い。女を口説くのに文学の話をしたりするの。女性が入ってくると、パッとシャツを着替えて「偶然同じ服だったね」と言いながら近づくとかね。
●豊崎 それ、北方謙三のことですか?
●吉田 ちがうちがう。
(会場 笑)
●杉江 『モダンタイムス』は、講談社文庫にもなった『魔王』の続編の要素もあって、後日談に近い話ですね。
●豊崎 ちょっとつながってる?
●吉田 リアルな続編ではないよね。
●杉江 人物の系譜が共通しているんです。
●豊崎 そんなのいつもの伊坂ワールドじゃん。
●吉田 これを読む前に『魔王』を読んでおくのがお薦めですね。
●藤田 おもしろいよ、おもしろいさ。けれどもさあ。
●吉田 おもしろいだけでいいじゃん、それ以外になにを求めるの?
●豊崎 きっと、代理母出産のエピソードが入ってないからだめなんだよ。
(会場 笑)
●藤田 そういうことじゃなくて!
●三浦 これ恐妻家小説としてはじまるのに、だんだん恐妻家でもなんでもなくなっちゃうのはなぜですか? 主人公が脈絡なく奥さんへの愛情に目覚めますよね? その辺がおかしいと思うんですけど。
●藤田 恐い奥さんが、だんだんいい人になっていく。いい人っていうかさ、愛情が見えてくるよね、だんだん。
●吉田 なんで主人公が恐妻家かっていうと、そもそも愛があるからでしょ。
●豊崎 伸子さん、議論に負けると、どんどん順位が下がってくよ。
●吉田 え、なに、いまの議論で下がったの?
(会場 笑)
●杉江 とりあえず『モダンタイムス』が『ゴールデンスランバー』と対になっているっていうところをもう少し掘り下げましょうよ。
●吉田 執筆時期が近かったこともあるし、姿の見えない凶悪なものに立ち向かう名もなき男の話っていう点で、『ゴールデンスランバー』と対になっている。
●杉江 『ゴールデンスランバー』では、無名の男を祀り上げ、その人に罪を着せるために、ネット上とかの報道でどんどん虚名をかぶせていくんですよね。『モダンタイムス』はサーチエンジンで、ある単語を3つ入れてググると謎の男たちが現れて、ひどい目に遭わされるという話です。同じネットの恐怖でも少し違いますね。
●吉田 検索は恐いよっていう話。杉江松恋、末國善己まではオッケーだけれども、そこに吉田伸子って単語が入ると恐くなるとかね(笑)。
●杉江 そうです。
●豊崎 次、古川日出男『聖家族』の応援演説お願いします。
●末國 はい。長大でエピソードが複雑にからみあうので、どんな話かを一口で説明するのは難しいのですが、要するに東北地方に狗塚という一族がいる。この狗塚家の兄弟が、中世に東北で生まれ父子相伝で伝えられてきた謎の拳法を発掘して達人になる。それで彼らが東北を旅しながら、殺人を繰り返していくっていう話が核になるんですね。そこに東北のいろんな都市を紹介していく都市小説の部分や、拳法を編みだした一族が戦国時代から現代までどういうふうな歴史をたどったかという歴史小説の部分とか、いろんな要素が加わって重厚な小説になっていく。で、この話がすごいのは、いわゆる東北っていうのはこんなにすごいんだよっていうのを書いているところです。東北幻想を描く小説は、それこそ建部綾足の『本朝水滸伝』(岩波書店『新・日本古典文学大系』で読むことができます)とか、最近では井上ひさしさんの『吉里吉里人』(新潮文庫)とか……。
●杉江 『吉里吉里人』最近じゃないですよ(笑)。1981年の作品じゃないですか。
●末國 最近じゃないか(笑)……。いきなり話が変わるけど、2位に推した『テンペスト』、今はそれほど評価してないので、取り下げてもいいですよ。
●藤田 なんだよ。なんだよそれ。
●吉田 そんなのアリなわけ?(怒)
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