―― (以下、杉江松恋)いやあ、『秋期限定栗きんとん事件』、非常に「腹黒い」小説でとてもおもしろかったです!
米澤 ありがとうございます。……そんなに腹黒かったですか?
―― ええ。現時点における腹黒小説の代表格は、一般には湊かなえさんの『告白』(双葉社)だと思うんです。でも、湊さんの小説というのは、私にとってはカタルシスのある、爽快な小説なんですよ。謎解きのピースがぱちっとはめ込まれる時の感じがね、とても気持ちいい。ところが、米澤さんの『秋期限定』は、「こういう話なのかな」と思って読んでいくと、最後にとんでもないことをされる。あの落ちは、ミステリーマニアにとっては嵌め手だと思うんです。あんなことされたらたまらないですよ!
米澤 す、すいません(笑)。倒叙ミステリー風に作っていこうというのが最初にあったんです。
―― 真犯人の正体が、本当にどうでもよく感じる小説ですよね。
米澤 そうそう。もし三人称で書いていたら、初登場の場面で「ちなみにこの人が真犯人です」って書いていたかもしれないです。そのほうが最終章の、犯人と探偵の対決みたいなシーンで喜んでもらえた可能性がありますね(笑)。
―― ネタばらしをしたくないので抽象的な言い方をすると、探偵が上りつめた後ではしごを外されてどうしようもなくなるような場面が出てくる。そこが意地悪です。アントニイ・バークリーの『毒入りチョコレート事件』(創元推理文庫)の、謎解きに複数解が与えられて探偵の面目丸つぶれ、みたいな小説より、よっぽど『秋期限定』の方がひどいですよ!
米澤 ありがとうございます。私の本を買っていただいている方はミステリー専門の読者ばかりというわけではないので、やはり「事件が起きて、探偵が犯人捜しをする」という定式に沿って読まれると思うんです。でも、ミステリーが好きでもともと読んでいる、という方も中にはいるので、そういう読者には別の楽しみを味わっていただこうと思っていました。これは自分で言うのは恥ずかしいんですが、今名前の出たバークリーの某初期作品のような……。
―― あ、なるほど『○○○○○○』(ヒント:日本語のタイトルは六文字です)ですか。ブックジャパンのサイトをご覧の方はミステリーマニアばかりじゃないと思うんで補足説明しておきますが、アントニイ・バークリーが創造したロジャー・シェリンガムは、自分からいらんことをあれこれして、どんどん事件を複雑にしていくという、とても特殊な名探偵です。その「シェリンガム不確定要素」をほうりこんだ小説ということですね。おもしろいな。以前に「野性時代」で恩田陸さんと対談しておられたときは、『秋期限定』はエラリー・クイーン『九尾の猫』(ハヤカワ・ミステリ文庫)のような作品になるというお話でしたね。
米澤 ああ、それは煙幕です(笑)。
―― 連続して事件が起きて、その間のつながりを捜す、という外見上の構造は同じなんですけどね。
―― このシリーズは、非常に強い自我を持っているのに、「小市民」という偽装の殻をかぶって生きていこうとする高校生を主人公にしています。前作である『夏期限定トロピカルパフェ事件』は、そういう特殊な自意識の持ち主がちょっとしたしっぺ返しを受ける話でした。主人公の存在意義が否定されるような展開だったもので、続篇はどういうことになるんだろう、と思いながら読み始めたんです。そういう先入観を持った読者にとっては、『秋期限定』の展開は変化球と感じられるかもしれません。
米澤 そうでしょうか。
―― 自意識の問題を扱うのを棚上げしたのかな、と最初は思いましたね。主人公である小鳩君と小佐内さんがコンビを解消したまま話が進んでいくので、よりそういう印象が際立つのですが。二人が顔を突き合せないと、前作の問題について話し合う場面もないわけですから。
米澤 主人公二人だけの閉じた関係で話を完結させてしまうことはできますし、その方がシリーズを続けるのは楽なんです。でも、自意識をテーマとして採り上げた以上、それでは絶対に掘り下げることができない。自分たちは特殊な自我の持ち主だと思っている彼らが外部の人間と関わることで、初めて軋轢が生まれるわけですから。となると、そもそもその「軋轢」って具体的にはどういうことだろうか、というところを書かないといけない。もちろん、エンタテイメントとして。
―― なるほど、それで小鳩君と小佐内さん以外の人間が出てきて、二人と関わる話の流れになるわけですね。しかし、その新しい登場人物の出し方が普通じゃない。定石なら、二人にそれぞれ恋のライバルが出現して人間関係がややこしくなる、という展開になるところです。なのに、違うんですよね。なんというか新人の扱いがひどい(笑)。
米澤 ははは。
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