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トップページ > B.J.インタビュー > vol.9 丘の上の屋敷に魅了された人々のゴーストストーリー・ショーケース『私の家では何も起こらない』【恩田陸】

丘の上の屋敷に魅了された人々のゴーストストーリー・ショーケース
『私の家では何も起こらない』
【恩田陸】

いろんな幽霊屋敷のイメージ、さらに映画や漫画の記憶も投入

――ここで『私の家では何も起こらない』の内容に触れたいんですけど、これは連作形式の物語です。あるところにお屋敷があって、時代が変わるごとに住人が変わっていくという。最初から連作を意識して書かれたんですか?

恩田 そうです。幽霊屋敷のクロニクル(年代記)にしようという構想だけは最初からありました。表題作になっている最初の作品を書いて、そこに出てきたエピソードを順繰りに書いていこう、という感じで連載を始めたんです。収録作は、だから連載の順番どおりですね。昔読んだ洋書の絵本で、僕の街では何も起こらない、っていう本があるんですね。ほとんど台詞はなくて、ただ男の子が町を歩いてるだけなんですけど、あちこちで変なことがおきている。このへんにおばけみたいなのがいたりとか、鏡の中が逆になってたりという。その絵本の題名がちょっと印象に残っていました。私の家では何も起こらない、って言い切ってるけど、実は変なことがいっぱい起きてます、というのがいいかなと思ってタイトルにしたんですけど。

――モーリス・センダックの『かいじゅうたちのいるところ』もそうですけど、大人たちが寝静まった後で子供たちは変なものを見てるんだよ、っていう系譜の絵本ですよね。

恩田 子供は恐いものって好きなんですよね。恐いものって異文化のメタファーなんじゃないかと思います。『私の家では何も起こらない』には、ゴシック・ロマンであるとか、幽霊屋敷のイメージとか、映画や漫画作品の記憶がいろいろ全部入っています。

――各話で使われている「こわさ」の質が毎回違っていて、いろいろな怪奇小説のパターンが使われていますね。

恩田 はい。私が読んできた怪奇なものというか、いわゆる昔からのお約束の幽霊屋敷のイメージが全部入っていると思います。壁に死体が埋まってるとか、壁紙がはがれてくるとか。そうしたお約束だろうっていうのは全部入れました。超自然的なものであるとかサイコキラーであるとか、カニバリズムとか。恐い話として人が思いつくパターンというものをそれぞれ試してみたという感じですね。

――お笑い系の話もありましたしね(笑)

恩田 そうそう。あれはティム・バートン風にしてみたんです。

――二つ目に収録されている「私は風の音に耳をすます」は、なんでしょう。私はV・C・アンドリュースの『屋根裏部屋の花たち』などを連想しましたが。児童虐待ものということで。

恩田 というより、人さらいの伝説は昔から世界中にあったわけじゃないですか。それかなと思います。

――マザーグースにもありますね。お父さんとお母さんが私を食べているっていう。

恩田 あ、ありましたありました! マザーグースにもすごく影響を受けてると思いますよ。いろいろな版のを子供の頃集めていたぐらいですから。谷川俊太郎訳の草思社版は、すごいブームになりました。今も持っています。子供は、やはり怪奇・超自然と隣あわせに生きているものです。また、邪悪な子供の話っていうのも昔からパターンがありますよね。トマス・トライオン『悪を呼ぶ少年』から映画「オーメン」まで。私は「白い家の少女」(ニコラス・ジェスネール監督、ジョディ・フォスター主演)というのが好きだったんですけど。そのへんの恐い系譜っていうのはちょっと入っていると思います。

――収録作の中では、私は「あたしたちは互いの影を踏む」が好きですね。ニューロティック・スリラーの「何がジェーンに起こったのか」を思い出しました。いろいろなパターンの話がある中で、ご自分ではこれが好き、といのはありますか?

恩田 どれも好きなんですけど、私は「我々は失敗しつつある」っていう幽霊マニアの話は書いていて自分のツボというか結構好きだったんです。これこそ私の家では何も起こらないっていう話ですから。これは私の考えているゴーストストーリーにいちばん近いという気がしますね。

――ちょっとヘンリー・ジェイムズめいたところがあります。実体のある怪異ではなくて、それを見ている人のお話ですよね。

恩田 そうですね。私はシャーリイ・ジャクスンの『山荘綺談』がお屋敷ものでは一番恐い小説だと思うんですけど、見ている人が怪異を作りだすんですよね。生きている人がいちばん恐いというのが、どこかにあると思います。

スプラッタではなく、気配とか記憶の中にあるものこそが…

――怪奇小説のいろいろなパターンの中には、恩田さんもこの短篇集の中で一つ使われている、先史時代の生物のような何かが存在していて現実を侵しに来るというパターンのものもあれば、その対極で自分の精神が生み出したものに取り憑かれてしまうという話もあります。「我々は失敗しつつある」はそうしたパターンの話ですね。恩田さんは、「ダ・ヴィンチ」の2月号で幽霊屋敷小説のブックガイドを書かれてていましたが、あそこで上げられた作品には共通するものがあるんでしょうか。

恩田 私はスプラッタが苦手で、気配とか記憶の中にあるものとか、実体のない、あったかもしれないしなかったかもしれないものというのが好きなんです。自分が上げたラインアップを見るとそう感じますね。

恩田陸 おんだ・りく
1964年、宮城県生まれ。91年『六番 目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で吉川英治新人賞および本屋大賞、06年『ユージニア』で日本推理作家協会賞、07年『中庭の出来 事』で山本周五郎賞を受賞。ミステリー、SF、ファタジー、ホラーなどジャンルにとらわれずに作品を多数発表。著書に『ネクロポリス』『訪問者』『ブラ ザー・サン シスター・ムーン』『六月の夜と昼のあわいに』などがある。


取材・撮影 2010年1月13日 メディアファクトリーにて
photo by ピクチャーコレクション

インタビューで紹介されている本

かいじゅうたちのいるところ
モーリス・センダック 神宮輝夫
冨山房児童書・絵本] 海外
1986.10  版型:規格外
価格:1,470円(税込)
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