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クラウディア 最後の手紙【読者投稿ブックレビュー】

蜂谷弥三郎
メディアファクトリー

おおつか 遊さんのおすすめブックレビュー
2009年02月17日掲載

本書は、戦争によって引き裂かれた家族の物語。終戦後、異国で抑留生活(51年間)を余儀なくされ、生き延びるためにロシア人女性と結婚し数奇な運命を背負うことになった夫(著者)、この夫を支えたロシア人妻との生活、一方で、夫の生存と帰国を信じ続けた日本の妻子のドキュメントである。
太平洋戦争のさなか、朝鮮にわたり職を得た新婚夫婦(著者)。劣悪な食糧事情の中、幼い息子を突然亡くし、次に生まれた娘だけは懸命に守り抜こうと決意した矢先に、終戦を迎えた。「独立万歳!」と朝鮮祖国の解放に湧きかえる一方で、取り残された日本人へ向けられた激しい憎悪と怒り。著者は、ある日突然、ソ連兵に連行されロシアへ移送されてしまった。これが、その後、日本に逃れた家族との長い長い別れの始まり。
侵入者であり新入りの日本人の著者が放り込まれた留置場での居場所は、便器横のコンクリートの床。飢えと寒さは想像を絶し、わずかの温もりを得るために、木製の便器を抱きしめ夜を明かしたという。スパイ容疑での激しい取り調べや看守からの暴行は日常茶飯事。一方的な裁判で一瞬のうちにスパイ容疑で十年の強制労働を告げられ、抑留生活が始まった。
極寒の地の強制収容所では、生死を彷徨い、一日を生きていくだけで精一杯。収容所内で生き抜くために理髪師の技術を身に付け、その後も何か所かを転々としたが、この特殊技能が認められ、収容所幹部の自宅で手料理を振舞われるまでの人間関係を築く。一人の人間として扱われるようになった瞬間でもある。その一方で過酷な取り調べは依然として続くが、ようやく囚人としての生活に終止符が打たれた。それでも異国での波乱の人生は続く。その間、日本の家族の事はひとときも忘れず、ロシアに囚われ、狂おしいほどに望郷の念が高まる。ロシアという閉ざされた大国の前に個人は非力である。釈放後も政治犯として国家保安部の監視下におかれ、「私はいつ帰れるのでしょう」と尋ねても「待っておれ」との冷たい一言。

しかし、転機は訪れた。十年過ぎたある日、すでに帰国していた知人から著者の生存を伝え聞いた日本の家族からの荷物が届いた。中には、玉露、昆布茶、かつお節等々とともに、母、娘の白黒写真。箱の底には「ワタシハ オトウサンニアイタイトオモイマス ハヤクカエッテクダサイ」と書かれた紙の塊り。著者は震える手でその紙の皺を伸ばしながら、声を上げて泣き崩れ、あまりの感情の高ぶりのために狂ってしまいそうだったという。
一方、政治犯としてソ連に歯向かったという罪を背負った筆者の帰国はかなわない。その後、生きるためにソ連国籍を取得し、最初に結婚した女性の裏切り。なんと、この妻が筆者の行動を監視し当局に逐一報告していた。密告と監視の社会であった。
しかし、再び転機が待っていた。父親の破産とロシア革命の混乱の中で物乞いに売り飛ばされ、その後も強制労働所で暮らした経歴を持つ、ロシア人クラウディアとの運命の出会い。結婚も離婚もよく似た境遇、クラウディアの辛い人生もまた、涙なしには語ることができなかった。数年後に二人は結婚した。人に裏切られ続け、いばらの道を歩んできたクラウディアが、それでも人を信じ、人のために生きようとする強さを示す次の一言。「弥三郎の日本へ帰りたいというその夢を応援したい・・」と一番近くで支え、伴侶として生きたいという。その後、夫婦の静かな生活、カメラマンとしての仕事、農作業など、15年の二人三脚の穏やかな日々。
その後、ペレストロイカの波が日本との距離を縮める。様々な伝手を頼りに日本の家族と連絡を取る。既に51年が過ぎていた。もし戦争がなかったら、もしも筆者が朝鮮で暮らしていなかったらと、いくつもの「もしも」が読者の脳裏を飛び交う。「お父さん、よくぞ生きていて下さいました。本当に夢のようです、・・」という手紙を受け取り、再婚もせずに女手一つで娘を育てていた事実を知る。50数年前に別れた妻も、娘も無事、孫さえいる。半世紀にわたるロシアでの暮らしが鮮やかに蘇ってくる一方で、日本で暮らす家族のとの再会は、クラウディアとの別れを意味する。
 
その後の展開については、直接本を手にとって味わっていただきたいと思う。最近、図書館で出会った涙が出る一冊。戦争という抗えない歴史の波に呑みこまれた個人が、それでも知恵と勇気を持ってひた向きに生き続けた人生の記録である。本書により改めて、人生とは各人に与えられた限りある命の燃焼であり、その過程において知恵と勇気を持ってひた向きに生き抜くということの素晴らしさを思い知った。それに、人間は希望を失わなければ、何度でも転機が訪れるという啓示を受けた。
冒頭での記載が憚られた本書の副題「世紀を超えた愛の物語」も、読後には、年齢と無関係に何のてらいもなく口にできそうな一冊でもある。

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