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アダム・スミス 「道徳感情論」と「国富論」の世界【読者投稿ブックレビュー】

わたしにも、あなたにも公平な観察者がいると信じたい

堂目卓生
中央公論新社

EIBOさんのおすすめブックレビュー
2009年07月07日掲載

1 同感について

人は、利害関係がなくとも、他人に関心を持ち、他人の感情や行為に「同感」をもつ。
他人も私たちに感心を持つことを知り、他人が自分の感情や行為に「同感」してくれるように望む。

だが、経験によって、すべての人から「同感」を得ることは不可能なことが分かり、胸中に「公平な観察者」を形成する。
「公平な観察者」は「実際の観察者(世間)」と違い、自分の心の内部を知った上で、常に公平な判断を下す存在である。

2「賢明さ」と「弱さ」

スミスは人間のなかに「賢明さ」と「弱さ」を持つと考える。
「公平な観察者(自己)」と「実際の観察者(世間)」の評価が異なるとき、「賢明さ」は「公平な観察者(自己)」に称賛を求め、その非難を避けようとする。
「弱さ」は、「実際の観察者(世間)」の評価を重視し、自己欺瞞により「公平な観察者(自己)」を無視しようとする。

そこで、「賢明さ」は「公平な観察者(自己)」に称賛を求め、その非難を避けようと行動することを<一般的諸規則>として設定する。<一般的諸規則>に従うという「義務の感覚」を養う。
また、<一般的諸規則>のうち、「正義」に関しては<法>という厳密な形にする。<法>と「義務の感覚」により社会秩序が形成、維持される。
しかしながら、「弱さ」は「義務の感覚」を弱め、<法>を犯させる。

また、「賢明さ」は徳と英知が真の幸福をもたらすことを知り「徳への道」を歩む。
「弱さ」は富と地位の幻想を捨てきれず、「財産への道」を歩む。
「弱さ」は「実際の観察者(世間)」の評価を重視するため、歓喜をイメージする富と地位の高さを求め、悲哀をイメージする貧困と地位の低さを避けようとする。

3「交換」について

にもかかわらず、人はその「弱さ」ゆえ、「財産への道」を歩むことの経済的な意味も重視した。
それは、「財産への道」は社会全体の富を増大させ、多くの人々に生活必需品を行き渡らせることに尽きる。
それが、「交換」である。

人は生まれてから死ぬまで他人の世話にならなければ、生存できない。
では、家族や友人以外の人から、暴力を使わずに、世話を受けるにはどうするか?
それは、<私はあなたに必要なものをあげます><あなたは私に必要なものをください>という「交換」である。
世話とは商品・サービスと考えてよい。この「交換」は他人への愛情に基づいていない。
あくまで自分自身への愛情、自愛心に基づいている。

4「見えざる手」と「真の幸福」

学校の教科書等に、スミスの代名詞たる「見えざる手」が、「社会全体において各個人が自愛心に基づき、自己の利益を追求すれば、結果として社会全体の利益が達成されることである」と定義づけされているが、もともとは上記の「交換」の考え方の根底に「同感」があると理解することが大切である。

ところで、スミスにとって、真の幸福は、心の平静であった。幸福には平静と享楽があるが、「平静なくして享楽なし」である。
心の平静を保つ条件は、「健康で、負債がなく、良心にやましいことがない」ことである。

そのことは、最低水準の富を持つ必要はあるが、それ以上の富は人に真の幸福をあたえないと考えていたことにつながる。

したがって、スミスにおいては、「財産への道」が「徳への道」と矛盾しない限り、つまり、「財産への道」がもたらす野心と競争が、「徳への道」から生まれた「正義の感覚」によって制御される限りにおいて、許される。

それはフェア・プレイと呼ばれる。

「見えざる手」における個人は、社会から切り離された孤立した存在ではなく、利己的なエコノミックアニマルのような存在でもない。
他人に「同感」し、他人に「同感」されることを求める社会的存在としての個人であり、その個人が胸中の「公平な観察者」の是認という制約条件のもとで、経済的利益を最大限追求することにより、社会全体の利益が達成されるのである。

5 「公平な観察者」とは「良心」か?

マルクス、新古典派、ケインズを通過した現代に生きているにもかかわらず、「公平な観察者」を「良心」という言葉に置き換えてみると、「経済は、関わる人の心のもちようで、強固にも脆弱になりうるのである。」と不思議と思えてくる。

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