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ニーチェ【読者投稿ブックレビュー】

ニーチェが志向したこと。

三島憲一
岩波新書

EIBOさんのおすすめブックレビュー
2009年07月16日掲載

かつて、アポロ的理性が自己の存続の危険に曝されることを防御する状態から少し脱しデュオニュソス的狂乱が理性破壊の欲望を放棄し、講和を結んだときがあった。
だが、デュオニュソスとアポロのあいだの「断絶は根本においては架橋されたわけではない」。
美と生の形而上学的な一致であったこの世界はほどなく、一撃のもとに崩される。
この一撃を与えたのは、ギリシアをギリシアたらしめていたもの、すなわちソクラテス的理性の教えである。彼に始まる学問的で、理論的な世界像こそが、この壮麗な美を粉々にした。
ソクラテスの批判的理性の下では、生存の根本は芸術的直観によって経験されるのではなく、思惟によって認識されるものとなり、人間はその認識によって「倫理的に」生きることを要求される。
ソクラテスとともに「思惟は因果律の導きの糸をたどって存在の奥底まで潜入し、存在を単に認識するばかりでなく、修正することさえできるという、あの確固不動の信念」つまり学問と呼ばれるなにものかが生のなかに進入し、芸術を解体したとされる。
アポロは姿の美ではなくなり、単なる論理的理性、計算的能力へと退化し、デュオニュソスは野獣的衝動へと逆戻りしてしまった。
以後の歴史は、合理化の歴史であるどころか、理性の横暴と反理性の暴動の繰り返しとなる。
近代社会が合理的に建設されればされるほど、非合理主義の暴走を許し、根源的な生と芸術のありようから人間が脱落していく。
ニーチェが要求するのは、論理的・概念的、形式と内容、理性と衝動、自然と文化などの形で理解するのではなく、二柱の神の姿として、神話のなかで、豊穣で多義的なことばの語られるままに、「直観の確実性」によって受けとめることなのである。
「直観」とはいかなる言葉でも十全には記述できない直接的な経験の全体性である。
近代の論理は、こうした感覚的なものが普遍妥当的な命題にとっていかにたよりないものであるか、というところから出発している。
それに対して、芸術の立場だけが、そうした感覚的な「現象」に認識の機能があることを、そして抽象化によって切り捨てられる絶対的に特殊なものの側に、主体は思いをよせる必要があること主張していたのである。
ニーチェが志向したのは、理論的なものと芸術的なもの、概念的なものと直観的なものとを、それぞれの要素を損なうことなく、まとめることである。
このことから、私が感じたのは、「この世界に流されている自己を乗り越え、おのれの本来の姿を取り戻せ」ということである。
自己を<個人>と勘違いしてはならない。
「個人」とは権力の集約である。その実体は構成している感情や意欲などの「各部分の闘争」でしかないのに、「私」という実体が存在するかのように思うことは「力への意志」が生み出した誤謬である。
生きたいと思ったときから、人間は自然のみならず、他者とくに社会的強者にたいしてなんとか自分を守らなければならないので、「力への意志」が意識的にも無意識的にも起動する。
「力への意志」はある意味、存在しようとすること、生きることと同義といえる。
同時に、近代社会においては、前述のソクラテスの批判的理性やキリスト教的道徳が「高貴―下劣」という美的価値観を「善―悪」という倫理的価値観へ捏造することにより、弱者にも強者を引き摺り下ろす力<ルサンチマン>を与えることで、「力への意志」が自己目的化し、支配と抑圧と操作のみをめざす自己のありかたが自らの生き方だと思わせてしまう。
「永遠回帰」とは、そのような捏造された価値は意味が無いというニヒリズムを貫き、その極北で、一切の事物<醜いものもうつくしいものも、弱者も強者も含めて>が<力への意志>の無限の運動のなかで何度も何度も無限の回数わたって回帰する現実を認め、肯定することによって、「力への意志」が自己目的ではなく、最高の自己集中により自己の本来のありよう、美的肯定の手段であることを徹頭徹尾認識し、支配と抑圧と操作のみをめざす自己のありかたを克服することである。
だが、認識のための危険な生は、悲壮感ばかりに満ちたものではない。それは美の実現へのそれゆえ、幸福への道なのである。
ただし、認識の歓喜は「醜い」現実から目をそらす者にはあたえられない。
どんなに醜い現実でもその認識は美しいと悟らない限り、そこへはいけない。

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