本年五月十五日に、『果断 隠蔽捜査2』で今野敏が第二十一回山本周五郎賞を受賞したと聞いたとき「今野敏が報われる日がようやく来た」と嬉しい気持ちになった(ちなみに同時受賞は、本サイトでも採り上げた伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』)。『果断 隠蔽捜査2』(以下『果断』)は、今野が二〇〇五年に書き下ろした長篇『隠蔽捜査』(新潮社)の続篇である。え、前作『隠蔽捜査』だって第二十七回吉川英治文学新人賞を受賞して評価されたじゃないかって? たしかにそうだ。でもさ、新人賞ですよ、新人賞。一九八二年にデビューして二十年を超えるキャリアのある作家を新人扱いは無いんじゃないか、ということだ。だからこそ山本周五郎賞受賞で「ようやく」という気分になったのである。
ところがどっこい。山本周五郎賞受賞作が発表された翌十六日、本書が今度は第六十一回日本推理作家協会賞をも受賞した、という報せが飛びこんできたのである。おお、なんというラッシュ。寝て待て、どころか寝る間も無いような忙しさで果報が飛びこんできたわけである。今野さんの台所は、二晩続けて尾頭つきの鯛を注文するやら大変だったんじゃないかな。近所の魚屋が「次は何の賞ですか」とご機嫌うかがいに来たとか来ないとか。
いやいや冗談はさておき、今回のダブル受賞で判ったことがあるので報告しておきたい。
世間の人は「まっとう」を求めている。
『隠蔽捜査』『果断』の主人公、竜崎伸也はまっとうすぎるほどにまっとうに物事を考える人物なのである。『果断』の巻頭で、彼は東京都大田区の大森警察署署長の職に就いている。実はこれ、左遷の結果なのである。前作『隠蔽捜査』で初登場したとき、彼は警察庁長官官房総務課長の座にあった。言うまでもなく、一般採用の警察官が望むこともできないような、中枢のポストである。竜崎は国家公務員一級試験合格者、すなわちキャリア組の警察官だ。大沢在昌『新宿鮫』が一九九〇年にヒットして以来、日本の警察組織が圧倒的多数のノンキャリアとごく一部のキャリアとに分離した完全な二層構造になっていることは広く知られるようになった。もちろん、権力を独占しているのはキャリアの方だ。
そのキャリアが、警察庁勤務から一地方署の署長へと異動することは通常ありえない。前作のラストで、竜崎は自身のためにある決断を下した。キャリアがキャリアらしくあるために絶対必要な決断である。しかし、彼は左遷人事を拝命することになった。
キャリア組の署長が突然やってきたのだから、部下である署員によく思われるはずがない。しかし竜崎は、まったく意に介さない。大森署の業態を改善することで頭がいっぱいで、個人の事情を斟酌しているような無駄な時間など無いからである。無神経? 無情? そうかもしれない。