滝壺の近くや森林浴が気持ちいいのは、てっきりマイナスイオンがあるからだと信じていた。もちろん空気清浄機、エアコン、ヘアドライヤーから出ているマイナスイオンは、人工的につくられたものではあるけれど、体に悪いわけがない。できればマイナスイオン付きの電気機器を買いたいのが、人情であろう。ところが著者のサイエンス・ライター竹内薫は、これをかなりの「黒い仮説」と断定する。これは日本だけの現象で、海外ではほとんどないという。マイナスイオンが効くという研究や科学的証明もまったくないとのことだ。でも、これから研究が進めば、もしかしたら白い仮説になる可能性もゼロではないが…。
世の中にはこうした黒い仮説や限りなくグレーな仮説にあふれている。これを次々と斬っているのが本書だ。科学を装っているが、科学とは似て非なるもの。著者はあまりにこの「擬似科学」が日本に氾濫していることを憂えているのが、行間から伝わる。
というのも、彼が大きくつまずいた経歴による。東大物理学科、カナダの大学院を卒業した前途洋々たる俊才にもかかわらず、帰国後、関わった仕事がなんのはずみか擬似科学の本だったため、科学者から袋だたきに遭い、日本の学会から追放された。本人が書いた「量子重力理論」の解説が大幅にカットされたことで、間違った科学解説本になってしまい、人生を棒に振ったと書いている。
白い解説が黒い解説に変わってしまったのだ。そのとき、親友の脳科学者、茂木健一郎が「おまえ、終わったな」と呟いたエピソードを後書きで紹介している。よほど悔しかったのだろう。擬似科学的なものについては、リベンジするように舌鋒が鋭い。それでも100%の白とか、黒と言わないのは、科学者としての良識が働いている。新しい仮説が発表されれば、オセロゲームのようにいままでの黒が白に変わることは科学の世界ではしょっちゅうあるからだ。
本書で採り上げられたいくつかの仮説を箇条書きで紹介してみよう。
・アルカリイオン水が体にいい→50%の白い仮説(濃いグレー)
・クラスター水はおいしい→まっ黒い仮説
・遠赤外線、活性酸素などの機能がついた浄水器→黒い仮説
・お酒は飲んでいると強くなる→70%の白い仮説(薄いグレー)
・バラの香りは記憶力をアップさせる→95%の白い仮説(かなり薄いグレー)
・テレビの視聴率→97%の白い仮説(ほぼ白)
・厚労省発表の平均所得→60%の白い仮説(グレー)
・宇宙が進化している→白黒判定不能
本人が言いたいのは、白から黒まで幅広いグラデーションで科学的事実を吟味する習慣をつけてほしいのである。とりわけ黒い仮説の見分け方として、広告などで「~といわれています」となっている表現は「グレー度が高い」から要注意である、とわざわざ書かれていた。ここで絶句した。なんと広告原稿を書いている僕が槍玉に挙げられていたのだ。
実際、僕はマーガリンの広告で「コレステロールが気になる人は、できれば鶏卵を避けたほうがいいといわれています」と書いたし、電力会社では「最先端の環境技術を装備した石炭火力発電は、地球温暖化対策に配慮しているといわれています」と書き、中敷きの広告では「足のニオイが気になる人には、活性炭入りが効くといわれています」とも書いてきた。僕はグレー度の高い原稿を繰り返しつくってきたいわくつきのコピーライターだった。
コピーライターの広告原稿→40%の白い仮説(かなり濃いグレー)