当〈Book Japan〉には、浜美雪さん、濱田哲二さんという落語のオーソリティともいうべき両レビュワーがおられるので、落語関連本の紹介は少々気が引けるが、ま、お許しいただくことにして。
落語はホントに面白いと思うし大好きだけど、それほど詳しいわけじゃないし、もちろん「通」というには程遠い、という私みたいな人間にぴったりの落語本である。
著者畠山健二は笑芸作家にしてコラムニスト、今年の春、35年ぶりに浅草公会堂で復活した「デン助劇場」(なつかしや!)の脚本・演出を担当した人でもある。
「歳時記」などと大層な(著者弁)タイトルだが、中身はちっとも難しくない。どこかで聞いたことがあるんだけど、それ、どんな噺だっけ、いまさら誰かに聞くのもアレだしなあ、でも、ちゃんと知っておきたいな、というようなけっこうメジャーな古典落語40作について、それぞれ、
〈こういう落語〉というわけで、まずあらすじを。
〈歳時記〉と〈江戸っ子の生活〉で作品にまつわる季節感、行事などを解説。
〈背景〉で時代背景なども解説。さらに、
〈ご隠居さんのひとこと〉というコラムで豆知識を。
ついでに、
〈得意とする落語家〉を紹介して、
〈名盤紹介〉でCDまで紹介、
という展開で、いたれりつくせり、たいへん面倒見のいい本である。
長屋の花見、雛鍔、百年目、鰻の幇間、大山詣り、酢豆腐、千両蜜柑、たがや、船徳、皿屋敷、永代橋、目黒のさんま、そば清、芝浜、時そば、富久、二番煎じ、初天神、薮入り、火事息子、明烏、へっつい幽霊、寝床、転宅、花筏、中村仲蔵、今戸の狐、湯屋番、蔵前駕籠、ねずみ、抜け雀、猫の皿、鮑のし、らくだ、寿限無、文七元結、茶の湯、厩火事、大工調べ、宗論、の40作と、ほかにも、話のついでに引きあいに出される作品がその倍は出てきて、とても勉強になります。
が、この本、ただの「落語鑑賞実用本」というわけではない。随所にさりげなく落語の奥深さへの示唆がちりばめられていて、著者の落語への深い愛情が感じられる好エッセイである。
落語そのものについてはもちろん、その周辺情報が実に面白い。
たとえば、ある噺家が地方出身者に「江戸っ子の気質とは?」と尋ねられて、ええい面倒くせえ、じゃあこれを聴いてくれ、というので「文七元結」を聴かせたんだというエピソード。
なるほど、たしかにこの人情噺には江戸っ子気質が、それこそ泣きたくなるくらい詰まっている。きっと著者はこの噺が大好きなのに違いない。
たとえば、あの左甚五郎が活躍する「ねずみ」の舞台は陸奥だが、なら、奥の細道の芭蕉と甚五郎が遭遇していたかもしれないではないか、と著者は勝手に歴史ロマンを膨らませたりする。その発想が、もう落語である。
たとえば、番頭が夏の暑い盛りにミカンを捜し歩く「千両蜜柑」で、番頭が奇跡的にミカンにめぐり会う蜜柑問屋の屋号を「万惣」と設定する噺家がいるという話が出てくる(私、この噺家でこの噺、聴いたことあります)。ご存知の方は、はああ、と膝を打つはずだが、万惣とは東京は神田に実在する有名な老舗フルーツパーラーの名前なのだ。その万惣は江戸時代の「万屋」という青物問屋だったというから、あながち当てずっぽうというわけでもない。ここらへんは東京に住むことのゼータクだと思うのだが、つまり「それがいまのあそこ、××だよ」という風に、落語の世界と現代がいきなりつながってしまう瞬間がある。そんな楽しみも、この本は教えてくれる。
というわけで、オビにもあるとおり「落語がもっと楽しくなる!」一冊なのである。