欧米の蚤の市は面白い。アンティークや日用品に紛れて、トンデモナイ物を売っていたりする。日本の感覚だと売り物になるとは思われない、個人のアルバムやスクラップブックもそのひとつである。蚤の市ハンターの中には、このアルバムを目当てにして収集しているマニアもいる。ロバート・スウォープもそんな個人アルバムのマニアの一人だ。
ある日、ニューヨークの蚤の市でアルバムの束を物色している時、彼は少し変わったアルバムを何冊か見つけた。どうやら50年代の終わりか、60年代の初めに撮られた写真を収めたものらしい。そこに写っている女性たちは、その頃のサバービアの主婦がするような典型的なファッションをして、きちんと髪を結い上げ、きれいにメイクしている。パーティドレスに毛皮のケープを纏って、玄関先で撮った記念写真。キッチンで煙草を吸って、訪ねてきた友だちと談笑している時のスナップ。鹿の頭の剥製が飾られたテーブルで女性たちが食事をしている写真は、婦人会の昼食パーティだろうか。スクラブルに興じている様子、庭先でのピクニック。古き良き時代のアメリカのポートレートである。
でも、何かがおかしい。普通とは違っている。それもそのはず、アルバムの写真に写っている婦人たちは、みんなよく見ると男性なのである。
ロバート・スウォープは、トランスジェンダーや同性愛者たちのアルバムは前にも見たことがあった。でも、こんな不思議なスナップ集は見たことがなかった。やがて、彼はアルバムの内の一枚に「スザンナの家」と書かれたビジネス・カードが挟まっているのを見つける。
「スザンナ」はアルバムの中心人物である。カードによるとプロのトランスジェンダー。大柄で、いかつくて、一目で男性であることが分かるが、そのメイクとファッション・センス、身のこなしは60年代の「レディ・ホーム・ジャーナル」から抜け出てきたかのように完璧だ。
スザンナが誇らしげに、大きな一軒家の庭先に植えられた木のそばに立っている写真がある。木の幹にかけられた看板の文字は「スザンナの家」。ここはニューヨーク郊外にあるトランスジェンダーたちのためのウィークエンド・ハウスであり、このアルバムは(恐らく秘密裏に出回った)禁断の家の宣伝写真なのである。
この写真が撮られた頃は、アメリカが最も保守的だった時代だ。トランスジェンダーが大手を振って歩いていたとは考えられない。ここでサマードレスや水着、ツィードのツーピースに身を包み、真っ赤な口紅をひいて、パールのネックレスをつけたしとやかな「婦人」たちは皆、普段の生活では自分の趣味を隠していたことだろう。彼らは出張やゴルフ旅行などの口実を見つけて、密かに「スサーナの家」に出向き、そこでドレスアップやお化粧、女性としての生活を楽しんだのかもしれない。このアルバムに写っている「婦人」たちは、誰もがリラックスしていて、心から楽しんでいるように見える。自分が自分でいられる、つかの間の平和な時間。「スザンナの家」はそれを彼らに提供していたのである。
残念ながら、「スザンナの家」に関するくわしい情報は分かっていない。タオルローブ姿のまま、ホースで庭の花に水を蒔いているスザンナの哀愁の後ろ姿を見ると、この人の晩年と「スザンナの家」の終わりが決して悲劇ではありませんように祈らずにはいられないのだが。
「スザンナの家」の写真は展示会で全米を巡回したらしいが、ここに写っている「婦人」たちの正体は分からずじまいだ。この時、既に中年らしき彼らは生きていたとしても70代から80代。自分たちの写真がこんな形で世間に公表されているとは思ってもいないだろうし、家族も写真を見ても気がつかないかもしれない。
それでも、この写真の中の誰かが、この本をこっそり買って懐かしい写真を見ているかもしれないというファンタジーは捨てがたい。(あの頃は楽しかった、)とその老人はベッドで写真集のページをなでながらつぶやく。(またみんな、天国で会いましょう。天国がスザンナの家のように素敵な場所であればいいけれど!)