ある大学のある教室で、ある学生が教授にいった。
「先生、まだこのベストセラーを読んでいないんですか? 3ヵ月も前に出たのに」
すると教授、少しもあわてず、
「しかしね、あなたはダンテの『神曲』を読みましたか。もう600年以上も前に出たのに」
本書あとがきにあるエピソードである。
つまり、世の中には「読んでおくべき本」というのがあるっていう話。ベストセラーもいいけど、古典を忘れないでね、ということである。
本書は、小中学生のための、いわゆる古典名作ガイドである。東西あわせて63の名作が、紀田順一郎によって紹介される。いわば、本の大御所による「名作一挙63冊ブックレビュー」というわけだ。
タイトルの『飛ぶ読書室』は、もちろんエーリッヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』のもじり。そのタイトルからして、その装丁からして、すでにして昔日のジュブナイルの趣である。
著者本人が実際に少年時代に読んで面白かった本だけを紹介しているので、いわゆる、大人から子供への押しつけ感はない。一作ずつあらすじとともに丁寧に紹介していくのだが、そこには本への愛着が滲み出る。
さらに、巻末には(小中学生のために廉価の文庫本を中心とした)出版リストがついていて、たとえば『十五少年漂流記』なら、『二年間の休暇』というタイトルで偕成社文庫と福音館文庫の2社から、『十五少年漂流記』というタイトルで角川文庫をはじめ4社から文庫本が出ている、というようなことがわかって、とてもありがたい。
『二年間の休暇』などといわれると、またまったく別の素敵な話が始まるようで、あらためて読んでみたくなるではないか。
というわけで、ジュブナイルでありながら、大人の読書に堪える。堪えるどころか、むしろ大人のための「読み忘れてきた本」ガイドにも十分なると思うのだ。
だから、この本に限っては、どんな名作がとりあげられていのか、コンテンツが見えないとほとんど意味がないと思うので、しばし、キーボードと化して目次どおりに打ち出すことにする。
『聖書』 / 『ギリシア・ローマ神話』 / 『イソップ寓話集』 / 『西遊記』呉承恩 / 『三国志』羅貫中 / 『ロミオとジュリエット』シェイクスピア / 『聊斎志異』蒲松齢 / 『ロビンソン漂流記』デフォー / 『鼻/外套』ゴーゴリ / 『絵のない絵本』アンデルセン / 『黒猫/黄金虫』ポー / 『クリスマス・カロル』ディケンズ / 『不思議の国のアリス』ルイス・キャロル / 『海底二万里』ヴェルヌ / 『昆虫記』ファーブル / 『宝島』スティーヴンソン / 『ハックルベリー・フィンの冒険』マーク・トウェイン / 『クオレ』アミーチス / 『ジーキル博士とハイド氏』スティーヴンソン / 『幸福な王子』オスカー・ワイルド / 『十五少年漂流記』ヴェルヌ / 『古代への情熱』シュリーマン / 『シャーロック・ホームズの冒険』コナン・ドイル / 『最後の一葉』オー・ヘンリー / 『奇跡の人 ヘレン・ケラー自伝』ヘレン・ケラー / 『野性の呼び声』ジャック・ロンドン / 『ピーターパン』ジェームズ・バリー / 『郷愁』ヘッセ / 『サキ短編集』サキ / 『奇岩城』モーリイス・ルブラン / 『青い鳥』メーテルリンク / 『あしながおじさん』J・ウェブスター / 『飛ぶ教室』エーリッヒ・ケストナー / 『名犬ラッシー』エリック・ナイト / 『ジェニーの肖像』ロバート・ネイサン / 『星の王子さま』サン=テグジュペリ / 『森は生きている』サムイル・マルシャーク / 『木を植えた人』ジャン・ジオノ / 『神を見た犬』ブッツァーティ / 『沈黙の春』レイチェル・カーソン / 『古事記』 / 『今昔物語集』 / 『徒然草』吉田兼好 / 『怪談』ラフカディオ・ハーン / 『坊ちゃん』夏目漱石 / 『野菊の墓』伊藤左千夫 / 『千曲川のスケッチ』島崎藤村 / 『山椒大夫』森鴎外 / 『科学と科学者のはなし』寺田寅彦 / 『杜子春/蜘蛛の糸』芥川龍之介 / 『小僧の神様/城の崎にて』志賀直哉 / 『赤いろうそくと人魚』小川未明 / 『伊豆の踊子』川端康成 / 『日本の昔話』柳田国男 / 『風の又三郎』宮沢賢治 / 『心に太陽を持て』山本有三 / 『君たちはどう生きるか』吉野源三郎 / 『ジョン万次郎漂流記』井伏鱒二 / 『おらんだ正月』森銑三 / 『走れメロス』太宰治 / 『山月記/名人伝』中島敦 / 『ビルマの竪琴』竹山道雄 / 『二十四の瞳』壺井栄
と、これだけとりあげられている。どうですか。懐かしいもの、あるんじゃないですか。
名前は知っているのについぞ手にしたことのなかった名作から、むかしむかしの挿絵までがありありと浮かんでくるような懐かしい名作まで、とても贅沢な時間をくれる一冊である。
と、大人も十分楽しめるけれど、ちょうど進学シーズンでもあることだし、身近な少年少女に進学祝いのプレゼントというのは、どうだろう。