ミステリを読まない。否、読めない(耐性がない)。しかし、米澤穂信は読む。だからこのレビューは、コアなミステリ読みではないが、なにか読んでみたいな、という人や、青春小説の好きな人、まだ読んでいないけど、米澤穂信ってちょっと気になってた、という人に読んでいただけたらうれしい。この作家との最初の出会いであり、4作目にして新たな位相に立ったように見える「古典部シリーズ」を、今回再読してみて、あらためてそのみずみずしさに魅了されたばかりの状態で、心からそう思います。
主要な登場人物は4人。デビュー作である『氷菓』、2作目の『愚者のエンドロール』での1人称「俺」であるところの折木奉太郎。その旧友にして好敵手である福部里志。奉太郎と小学校以来の付き合いになる伊原摩耶花。そして高校生になってから知り合った千反田える。
ミステリの素養が皆無なので、これは後から仕入れた知識なのだが、この4人のキャラ設定は、基本的にシャーロック・ホームズ・シリーズの人物造形を踏襲ないしはモデルにしているといわれる。ホームズの位置にあるのは折木奉太郎である。
4人はいずれも高校1年生。文科系部活動の盛んな進学校、県立神山高校の生徒だ。多数の文化部の中でも最もマイナーな、廃部寸前の「古典部」のただ4人の部員である。できるだけコンパクトに、そして少しでもこのシリーズに興味を持ってもらえるようにキャラクターについて紹介したいのだが、さて、うまく行きますかどうか。
折木奉太郎……同シリーズの主人公の位置にあり、探偵役。しかし、自ら積極的に推理を買って出ることはなく、「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」の「省エネ主義」をモットーとする。
福部里志……ホームズに対するワトソン君の位置にあるが、主従関係にはない。博学でデータベースを自認するが、「データベースに答えは出せない」が持論。奉太郎の才気に対し、自らを凡庸な人間とみなしている。
伊原摩耶花……奉太郎と最も付き合いが長い。4人の中で最も常識人であり、かつ他人に対して、それ以上に自分に対して厳しい完璧主義者の面がある。里志に対する好意を隠さないが、里志はなぜかはぐらかし続けている。
千反田える……神山市の由緒ある名家であり、豪農・千反田家の娘。折木、福部、伊原のトライアングルに対し、神山高校において新たに闖入した風のような存在。様々な謎に対する彼女の好奇心の発露こそが、「探偵」折木奉太郎の起動を促すことになる。
ざっと、こんなところだろうか。処女作『氷菓』から第3作の『クドリャフカの順番』までは、基本的に、彼らの通学する高校の文化祭(通称:カンヤ祭)を舞台としてストーリーが転がっていく。と、いっても、全面的に文化祭当日の事件が主眼になるのは『クドリャフカの順番』だけで、『氷菓』は、古典部が文化祭用に準備している文集「氷菓」と、その文集に込められた33年前の出来事についての小説であり、2作目の『愚者のエンドロール』は、同じく文化祭で上映される予定になっているクラス制作の自主映画「万人の死角」について、その脚本家が病に倒れて不在になったため、本来の意図がわからないまま尻切れトンボになっていた謎を解明する話である。
【視聴覚教室には、既に暗幕が下りていた。晩夏の陽射しを効果的に遮って、室内は暗い。
その暗がりの奥から、突然染み出るように女子生徒が現れた。どうしてそんな錯覚をしたかといえば、その女子生徒が深い紺色の私服を着ていたからだろう。その輪郭はまだはっきりしない。】
――『愚者のエンドロール』より――