古本愛好者の多くは、好みの出版社がいくつかあって、それらの本に出会うと、著者や内容云々ではなくなってしまうのではないでしょうか。好みの出版社だというだけで、自然に手が出て購入してしまうのだと思います。何だか人ごとのようですが、実は私もそうなのです。私も甲鳥書林、第一芸文社、版画荘などといった今は無い出版社の本に出会うと、いつもその本作りに感心し、思わず知らない著者であっても買ってしまうことがあります。言い訳するみたいですが、本はもちろん読むものなのですが、見て触って楽しむものだとも言えないでしょうか。
日本での西洋仕立ての本の歴史はまだまだ浅いのだけれど、それでも美しい本作りをして、名を残した人もいます。例えば、江川書房の江川正之、野田書房の野田誠三などです。書肆ユリイカの伊達得夫もそんな一人だといっていいでしょう。影響のことでいえば、現在の思潮社、書肆山田、などの出版社は、書肆ユリイカの流れを受け継いでいるのだと私は思っています。本作りに賭けた人たちがいて、その人たちの情熱を知ると、読むだけの本でなく、ものとしての本にも関心がでてきます。
さてここで田中栞さんに登場してもらいましょう。古書コレクターの世界は圧倒的に男性が多い世界です。その中にあって彼女の買いっぷり、集めっぷりは見事だと思いました。決して負けていません。
本書の目次をみると、1・書肆ユリイカの本の作り方、2・書肆ユリイカの本を図書館で閲覧する、3・書肆ユリイカの本を調べる、4・書肆ユリイカの本を買う、となっています。どうです、もう最初から最後まで、書肆ユリイカばかりです。彼女がどれほどこの出版社に入れ込んでいるかがよくわかります。
田中栞さんが、書肆ユリイカの本に出会い、魅せられ、蒐集するようになったのは、平成十一年のことだそうです。『季刊 銀花』からの原稿依頼をきっかけに、彼女の書肆ユリイカ調査が始まります。徐々にのめり込んでいく姿は、第4章の書肆ユリイカの本を買う、に詳しく述べられているので、この章から読み始めるのもいいでしょう。最初は、基本資料である、伊達得夫の『詩人たち─ユリイカ抄』や、長谷川郁夫の伊達得夫評伝『われ発見せり』を熟読していた田中栞さんですが、徐々に書肆ユリイカ本につぎ込むお金が大きな額になっていきます。その様子を読むと、こちらもハラハラドキドキします。買った値段まで記されているので、自分も書肆ユリイカの本を買ってみたいと思う人には格好のガイドになるでしょう。
それでは田中栞さんの買いっぷりを見てみましょう。
田中清光の『立原道造の生涯と作品』という本は、様々な造本があるのですが、まあちょっと函がちがったり扉の紙がちがったりするわけです。田中栞さんは、そのことが気になって、古書目録で書肆ユリイカ版『立原道造の生涯と作品』を見つけるたびに、見境なく注文しては購入したといいます。すると手元に7冊同じ本が集まって来たというから驚きです。田中栞さんにとっては同じ本ではないのでしょう。
そんな田中栞さんなので、誤植も見逃しません。奥付の著者名に誤植があったのは、渋沢孝輔詩集『場面』という本です。「渋」が「渉」になっているのです。田中栞さんは、渋沢孝輔自身がエッセイで驚いたと書いていることなどを紹介して、最後にこう書いています。
――奥付の著者名に関しては、版元は意外と冷淡なものである。
この一文を読んだときは、思わず笑いました。無さそうで有りそうなことだからです。
書肆ユリイカ、個々の本についての詳しい説明は、第1章にあり、書影入りで実に丁寧に紹介されています。それらは、ほとんど田中栞さんが自分で買い集めたものなので、説得力があります。書肆ユリイカの本は、タイトル文字や著者名の配置、その大きさ、写真の入れ方やカットの使い方に特徴があり、独特な顔つきをしているので、まとめて書影を見ていくと、まさしくひとつの世界が感じられて見事です。
また書肆ユリイカがどのような本を出版したかは、巻末の出版総目録で見ることができます。昭和23年、2月、原口統三『二十歳のエチュード』に始まり、昭和36年、(月日の記載なし)、山本道子『籠』まで、短い期間でしたが、すばらしい本たちを残してくれました。また人名索引と書名索引も付いているので、とても便利です。
書肆ユリイカの本はことごとく絶版だけど、文中でも触れましたが、伊達得夫の『詩人たち─ユリイカ抄』は、平凡社ライブラリーに入り、読むことができるようになりました。伊達得夫の魅力が感じ取れる名著として後世に残る文章でしょう。また、消えていった出版社に興味ある方は、ぜひ内堀弘さんの『ボン書店の幻』(ちくま文庫)もお読みください。
内堀弘著『ボン書店の幻』については、書評を収めていますので、ぜひお楽しみください。
『ボン書店の幻』内堀弘 レビュワー/岡崎武志 書評を読む