いきなり失礼な指摘で始めよう。スティーヴン・キングによる推薦帯はこれまであまりにも多過ぎた。「キング絶賛」をウリにした作品は、もはや飽和しており、読者に与えるインパクトは弱まる一方だ。そもそも本当に心底誉めてしているのか、帯だけではよくわからないではないか。
しかし、11月新刊の『チャイナ・レイク』に付されたキングの絶賛は、ちょっと様子が違うようだ。キングが推薦するに至った経緯がちょっと面白い。
『チャイナ・レイク』が発表されたのは2002年イギリスにおいてであり、当初は特に話題にならず、セールス面でも振るわなかったようだ。この結果、アメリカでは刊行すらされなかった。
しかし2006年11月、たまたま本書を手に取ったキングが大いに気に入って、翌年2月にネット上のコラム(http://www.ew.com/ew/article/0,,20011653,00.html)で絶賛してから、風向きが変わる。とんとん拍子にアメリカでの出版が決まり、出たら出たでベストセラーになって評判も上々、遂には2009年のエドガー賞(ペイパーバック賞)を受賞する。絵に描いたようなサクセス・ストーリーである。
それでは内容の紹介に移ろう。
題名となったチャイナ・レイクは、実際にカリフォルニア州南部にあるアメリカ空軍の基地で、ここに主人公の兄が勤めていると設定されている。物語の舞台は、基地周辺の街である。
主人公のエヴァン・ディレイニーは、元弁護士の女流SF作家で、今は六歳の甥ルークの面倒を見ている。ルークの父(エヴァンの兄)のブライアンは軍人で、ルークの母タビサがその生活に耐えられないと家を出てしまったからである。エヴァンとルークは仲が良いし、ブライアンとルークも、毎日は会えないが良好な親子関係を築いている。またエヴァンにはジェシー・ブラックバーンという恋人がいて、作品の出版も順調と、公私共に充実していた。
しかしこの平穏な生活は、カルト教団《レムナント》の登場によって壊れ始める。彼らはキリスト教がルーツの狂信者集団で、そこにいつの間にかタビサが入信していたのだ。《レムナント》はルークをタビサの元に「返す」よう求め、エヴァンやブライアンに執拗な嫌がらせを仕掛け、ルークの誘拐まで試みる。教団とディレイニー兄妹の対立は深まり、遂にはブライアンの家で《レムナント》信者の死体が発見され、ブライアンには殺人容疑がかけられる……。
本書の魅力は、まずカルト教団《レムナント》のディテールにある。
彼らは本当に狂信者だ。罪業に満ちたアメリカ政府はサタンの手先であり、真実を知る自分たちを監視し、迫害していると考えている。また、病人や障害者に対して極めて冷酷である。《レムナント》は、病気や障害を本人や親の悪徳に対する罰と考えている。そして――ここがポイントだが――その教義を全く隠さないのだ。それどころか積極的に示威する。信者たちは、エイズで死んだ女性の葬式に行って売春婦と罵声を浴びせ、エヴァンのSF小説刊行記念のサイン会にやって来て「この小説は悪書だ、なぜなら聖書に書かれていないから」と騒いで妨害するのだ。エヴァンの恋人ジェシーは車いすに乗っているが、それについても、下品極まりない差別的言辞で当てこすりを言う。
これで教団幹部が「実は金儲けが目当て」なのであれば、まだ救いもあるのだが、残念ながら彼らも本気である。指導者の立場にいるワイオミング神父とその妻、その他教団の幹部も、自分たちの教義を真実だと信じ込んでおり、《レムナント》のことは、悪魔打倒に向けて戦う戦士の集団と認識しているのだ。おまけに口が極端に悪い。ワイオミング神父だけは「慇懃無礼」になる瞬間もあるが、それ以外の信者は幹部含めて言動が極めて粗野である。
《レムナント》信者たちがディレイニー兄妹やジェシー、そして障害者や政府を口汚く罵る様は、読んでいて腹が立って来るほどである。教義も被害妄想めいたグロテスクなものだ。作者はカルトを実に生々しく描き出しているのである。
しかもこの《レムナント》、実は影で非常に危険な反社会的計画を練っている。
エヴァンとブライアン、ジェシーは、ルーク誘拐未遂絡みで《レムナント》に抵抗する中でそれを察知する。しかし内容がトンデモ過ぎ、警察その他当局に訴えても相手にされない。そこで自分たちだけで何とか阻止すべく奮闘するのが、物語後半の軸となる。
《レムナント》と戦う、エヴァンとブライアン、そしてジェシーといった「主人公側」も非常に魅力的な造形が施されている。三人は基本的に清廉潔白で曲がったことが大嫌いだが、特にディレイニー兄妹は沸点が低めである。よって《レムナント》の嫌がらせにも、一々憤慨して言い返してしまう。ただし言っていることには頓知が利いてエレガントですらあって、とてもカッコいい。そんな彼らが周囲の無理解をものともせずカルトに立ち向かう姿には気骨が溢れており、作品の魅力を増しているのである。
以上をまとめると、『チャイナ・レイク』は、《レムナント》の妄執と、それに対抗する主人公たちの戦いをスリリングに描いた、良質のエンターテインメントといえる。スティーヴン・キングが誉めるのも納得の出来栄えだ。我が国でもブレイクすることを祈ってやまない。