舞城王太郎が真面目だ。つうか舞城は、ある旧家をめぐる暴力と狂気のデビュー作『煙か土か食い物』から、迷子探しの探偵が巻き込まれる謎謎謎の連射SF『ディスコ探偵水曜日』まで、物語の装置である暴力や死や諧謔や超常現象などは、これでもか的に過剰。でも、主人公が物語のさなかに愛の大切さを噛みしめたり、いかに生きるべきかを論じたり、いつだって真面目ではあった。
それでも『ビッチマグネット』は、これまでになく真っ当な感じに真面目なんである。
本書は、父親は浮気癖状態、弟の友徳は反抗期、それゆえに母は精神を病み中、そんな家族を冷静に分析し続ける姉の香織里という四人家族の肖像を軸にしている。何でも深々と考えてしまう女子高生アイコの饒舌トークに舌を巻く『阿修羅ガール』を彷彿させる語りで、香織里が中一のころから就職2年めというあたりまで、概算10年ほどの年月を経て変容する家族が描かれる。
ストーリー上では、友徳は善良なくせに面倒なガールフレンドあかりちゃんをめぐるごたごたをもろかぶりするあばずれ女吸い寄せ体質だし、恋愛がうまく飲み込めないままの香織里にも恋人ができるし、香織里は父親の愛人で会計士の花さんと不思議な交流を始めるし、と、それなりの変化は起きる。
だが、出来事云々より魅力的に描かれているのは人物であって、中でも読み手を釘付けにするのは、真っ正面から人生についてや正義の意味や家族のあり方なんかを考え続けて大人になる香織里である。
〈減るもんじゃねーだろとか言われたのでとりあえずやってみたらちゃんと減った。私の自尊心。〉と言い切ってこの世に流布する低俗な言い回しを足蹴にしたアイコのように、香織里も〈毎日毎日カレーばっかり食べてられないだろ、とお父さんは言っていた。ハンバーグとかゴーヤチャンプルーとかたまには食べたいんだよってそれ、そういうありふれた言い方ってどこで仕入れてきたんだろう?〉と斬る。正論を、潜水艦から発するソナーに例えるのもいい感じ。その感性!
そういう意味では本書は『阿修羅ガール』に近い、女の子のビルドゥングスロマンということになるのだろうけれど、それを突き抜けて、人間存在や生の本質に触れようとする大きな物語でもあるのだ。
舞城は本書で、生きていくことの不確定さと、だからこそ得られるカタルシスとを、2つの立脚点から考察する。家族とは枠組みでしかないこと、そして、人生とは物語を獲得していく営みなのだということ、だ。
香織里が友徳と、家に帰ってこなくなった父を思い、家族について語り合う場面がある。
〈家族ってのは形だから、ちゃんとそれらしくしてるべきなんだと思う〉、家族は必ずしも仲良くしなきゃいけないわけじゃないけど、一緒にいるべきなのだと主張する友徳に対し、香織里は、家族とは別々の人間だ、〈血なんて、他の家族との区別のためにあるのであって、別に私たちをくっつけてはいない。ただ、私たちを囲っているだけなのだ〉と、孤独を感じながらも考える。
決して冷たい意味ではなくて、家族だって別々の人間同士だと受け入れれば、「家庭問題」と言われるものは大概解決してしまう。現にふたりの対話はやがて、めいめいが自分の人生をしっかりと歩いていくしかないのだというところに帰着するのだけれど、そのときに香織里が思うこんな寂しさこそが家族という集合体のリアルではないのかと深くうなずいてしまった。
〈私は家族の何を知っていたんだろう?
私たちは、どれだけお互いのことを見過ごし、見逃し、見損なっていたんだろう?〉
また、家族の困難をすでに肌身に感じていた香織里は、18歳のときに漫画を描いてみようと思い立つが、まったく描けずに〈何?私ってこれ空っぽ?〉と呆然とする。それなりに苦い経験もしてきたし、そもそも本や漫画や絵は好きで、自分の中にたくさんのものを詰め込んでいるつもりでいたら、自分には紡ぐ物語がなかったから。
それをたぶん終始心のどこかに置いて、香織里は成長していく。その先に、父や母が父や母である前にひとりの男や女であったこと、両親や弟や父の愛人など誰しもに物語があることに気づき、自分自身も物語る世界を得るのだ。
〈人間のゼロは骨なのだ、とまた思う。
そこに肉と物語をまとっていく。歴史と記憶と想像と思い込みと願いと祈りと連想と想像。物語が物語が飲み込んで、時に思わぬ飛躍も起こる。〉
〈でも弟よ、それは物語で、自分もしくは他人による捏造の可能性もあるのだ。〉
自分が向き合っている物語は、常に他者によって影響され、揺さぶられ続ける。注意を払っていないと、すぐに自分の物語は歪められてしまう。ただし、骨にどんな物語をまとわせるか、それはとてつもなく自由だからこそ希望にもなる。なんてポジティブな物語!
キリンの脇腹の下のメッセージ、フラナリー・オコナーとレイモンド・カーヴァーへの憧憬、認知行動療法の心理テスト等々、著者らしい意味深な謎や絢爛な仕掛けに寄り道するのもまた楽し。ラストには真っ直ぐな物語を読んだ晴れがましさが待っている。