「アル中でヤク中でホモで、天才」を自称していたトルーマン・カポーティは、八歳の頃から執筆を日課にし、十代でデビューを果たして以来注目を浴び続けた早熟の作家であるとともに、ゴシップ欄をにぎわす社交界の寵児であった。この作家の名声は、一九五九年にカンザスで起こった一家殺害事件に関して、犯人二人を含む関係者を徹底的に取材し五年の歳月をかけて仕上げた『冷血』で、ノンフィクション・ノベルという新たな文学ジャンルを開拓したころにピークを迎える。『冷血』の大成功で揺るぎない地位と莫大な富を得たカポーティは、社交に明け暮れ、『叶えられた祈り』という次作のタイトルとその壮大な構想を吹聴しながら、長い間作品を発表することがなかった。
『叶えられた祈り』は、『失われた時を求めて』でフランスの貴族社会の表と裏を描いたプルーストに倣って、アメリカの上流階級の虚栄に満ちた生活に焦点を当てていた。社交界の花形になるだけの魅力と、『冷血』執筆時にも遺憾なく発揮された驚異的な記憶力を備えたカポーティは、まさにゴシップの宝庫であった。『叶えられた祈り』の一部が「エスクァイア」誌に発表されると、モデルがはっきりとわかる赤裸々な内容のために、社交界は騒然とし、女性がひとり自殺する。カポーティが「白鳥」と呼んでとりわけ親しくしていた上流階級の美女たちをはじめ、多くの友人たちは彼の裏切りを生涯許すことがなかった。
本著は著者のジョージ・プリンプトンを含め、友人、愛人、ライバルなど、カポーティが関わりをもった人々による証言を年代ごとに構成した「オーラル・バイオグラフィ」(聞き書きによる伝記)である。なかには、家庭を捨ててカポーティとの恋に走った中年男ジョン・オーシェイの娘ケイトの証言もあり、十一歳の少女とその父の愛人が育んだ一見奇妙でいて深い友情は、彼の最良の小説の数々を思わせる。天性の嘘つきであったカポーティの数多のほら話も可笑しい。パリ滞在の折にはカミュやジッドと情事を持ったとうそぶくカポーティは、ニューヨークで隠遁生活を送っていた伝説の女優グレタ・ガルボについてこう語ったという。
「彼から聞いた話だと、ガルボと二人きりで何日も彼女のアパートにこもっていたそうだ。グレタ・ガルボはたいへんな美術コレクションを持っていた。居間にはピカソの作品が四点か五点あり、彼はその半分が上下逆さまだと何度も教えてやったそうだ。彼は、誰かがカポーティの伝記映画を撮るとしたら、自分の役はグレタ・ガルボに演じてもらいたいといってたっけ。」(下巻・一二四頁)
傲慢で大嘘つきで寂しがり屋で、アメリカのプルーストになるにはあまりにも不安定であったカポーティ。出会う人々を瞬時に魅了してしまうこの作家の姿を浮き彫りにする本著には、偉大な文学作品にも劣らない価値があると思う。ハンフリー・ボガードは、カポーティのことが少し分かると「ポケットに入れて家に連れて帰りたくなる」と語ったが、そうした願いが本著によって少なからず叶えられることに感謝したい。