日本中を沸かせた「はやぶさ」がもどってきた年だった。
歓呼して迎えたこともあり、素粒子物理学者の村山斉が書いた「宇宙は何でできているのか」を真剣に読んだ。宇宙の来し方行く末がわかった。いや、わかったような気分にさせてもらった。素人を幻惑させた著者は錯覚の名手でもあった。
「宇宙はどう始まったのか」「私たちはなぜ存在するのか」「宇宙はこれからどうなるのか」など人類永遠の疑問に取り組んでいる人たちがいる。まずこれがわかっただけで大収穫である。むずかしい解説は適宜省いて手をしっかり引いていくように書かれているのだろうけれど、僕にとって150ページ(全226ページ)にわたって理解不能の状態が続いた。「時間とエネルギーの不確定性関係」とか、「ストレンジネス保存の法則」「CP対称性の破れ」などの「難解小惑星」に次々に遭遇し、気が付くと、ちんぷんかんぷんのブラックホールに突入していた。もがき苦しんで、なんとか最終章になって奇跡的に脱出することができた。読了できたけれど、ひどい宇宙酔いに罹った。
「宇宙はこれからどうなるのか」だけは、人類の一員として生まれた以上、どうしても知っておきたかった。宇宙の死に際に"がっつり"食らいついた。宇宙はビッグバン以来137億年後の現在、まだ膨張している。ここまでは数少ない知識として知っていた。しかし、宇宙の終焉はいまだに杳としてわからない。10年前までは3つの選択肢が残されていたという。「ビッグクランチ」となってつぶれる。もしくは永遠に膨脹を続ける。ここまでは妥当であるけれど、「永遠のちょっと手前」のどこかで膨張が止まって収縮もしない第3の運命もあった。ところが最近、宇宙はなんと膨張スピードが加速していることが明らかになったというのだ。宇宙が拡がるとエネルギーは薄まるのでゆっくり減速に向かうと思われていた。この理屈はわかる。膨張ではなく、加速膨張が何を意味するか。恐る恐る読み進むと、膨張スピードは無限大まで加速していく。では、どういう終焉が待っているのか。最終末予測を知りたくないような、知りたいような緊張感が走る。
どうやら宇宙全体には「暗黒エネルギー」といわれるものが存在し、膨張を加速させているらしいのだ。素粒子物理学者たちはそういう仮説を立てて説明している。暗黒エネルギーは宇宙全体の73%も占めており、ほかに暗黒物質(ダークマター)は23%ある。全宇宙の星と銀河を集めても、0.5%にしかならないのにだ。「?????」が、永遠に続きそうである。
膨張スピードが無限大に達すると、「ビッグリップ」と呼ばれることが起きると予測されている。リップ(rip)とは「引き裂く」の意味である。クランチより凄みがあるではないか。スルメを裂くのとはわけが違う。銀河系や星がバラバラに引き裂かれ、分子や原子の状態になる。さらには分子や原子も引き裂かれ、素粒子になってしまう。こうなると、無限大の宇宙が10の−35乗mレベルの大きさの素粒子で薄く満たされる。味のまったくしないお湯のようなみそ汁の状態に宇宙がなるのだ。どうもたとえが卑近になりすぎて申し訳ない。ついには宇宙が空っぽになってしまう。つまり宇宙の終焉は無になり、神の領域にふたたび還るのだろう。
だが、異を唱える学者もいる。加速膨張が続くとある段階で「宇宙空間がボコッと泡を吹き、泡の内部では減速膨張が起こり、やがて宇宙全体が泡でつながり、減速膨張に転じる。」と提唱している。これが正しければ、結末はビッグランチが訪れる。僕の勘では、素粒子物理学者である村山斉は、宇宙が素粒子になっていくビッグリップの終焉のほうが職掌柄、好みではないかとにらんでいる。無知蒙昧の僕は切り裂けるのとペシャンコのどちらがいいかと言われても、喜べない。
この拙文も支離滅裂で終わる。
2010年12月27日 柿本照己