O・ヘンリーの短篇がいくつあって、そのうち日本語に翻訳されているものが何作か、Wikipediaの「O・ヘンリー」の項目には381編という数字が自信ありげに記されているが、これは評価の定まった結論ではない。光文社古典新訳文庫『1ドルの価値/賢者の贈り物』の齊藤昇解説には、習作などを含めると500編以上あるというのが最近の研究における定説となりつつある、と記されている。その中で日本語訳されたものは200編にも満たないはずだ。半分以下なのである。
実はO・ヘンリーの邦訳書誌は、ずっと以前から気になっていた課題だった。決定的なものがないのであれば、自分でやらなければならないのかもしれない。そう思ってぽつぽつとO・ヘンリー関係の書籍を集め始めてはいるが、成果を挙げられるのはいつになることやら、見当すらつかないのである。
倒産した理論社が、〈オー・ヘンリー ショートストーリーセレクション〉という児童向けの叢書を出しているのは、ずっと気になっていた。子供向けの本に紹介されたO・ヘンリーはいつもだいたい「賢者の贈り物」か「最後の一葉」である。たしかにいい短篇ではあるが、ああいう「いい話」は、作家のかたよった一面しか表していない。だいたいO・ヘンリーには、犯罪小説の名手という顔があるのだ。ご存じのように、彼は若気の至りで横領の罪を犯し、刑務所入りしたことがある。犯罪者と身近に接していた3年3ヶ月の服役期間は、絶対に作風に影響を与えているはずだ。小鷹信光編・訳のアンソロジー『O・ヘンリーミステリー傑作選』(河出文庫)は、そのへんに着目した、良い作品集である。
理論社の叢書が偉いのは、全8冊の中にそうした犯罪小説をうまい具合に散らし、好奇心旺盛な子供たちの関心に応えようとしているところだ。小学校の読み聞かせにぜひO・ヘンリーを。そう思ったとき、自然にこの一冊、この1編を選んでいた。『赤い酋長の身代金』の表題作である。
南部のアラバマ州をうろつく、ならず者の2人がうまい金儲けを思いつく。営利誘拐だ。2人は、サミットという町で首尾よく10歳の少年をさらう。町の名士であるエベニーザー・ドーセットのひとり息子だ。2千ドルの身代金を彼に要求しようとするのだが、その前にたいへんなことが発覚する。少年はとんでもないやんちゃ小僧で大人の脅しなど屁とも思わず、赤い酋長を自称して暴れまわるのである。哀れなことに2人は、赤い酋長によって捕虜に任命される。そのうちの1人・ビルは、すんでのところで頭の皮をはがれかけるのである。
本叢書の楽しみとして、千葉滋樹の訳文と、和田誠の挿絵とが誠によい具合に結びついていることが挙げられる。特にこの話では、赤い酋長の台詞が実にいきいきと(ということは耐えがたいやかましさで)再現されている。ならず者2人に晩飯を与えられるや、赤い酋長は口にものをいれたまま喋り出すのである。少し長いが、引用してみよう。
「すっごく楽しいよ。ぼく、外でキャンプしたのははじめてなんだ。でもね、前にオポッサムを飼ったことがあるんだよ。それで、前の誕生日で九歳になったんだ。学校は大っきらいさ。(中略)ぼくんちにはね、子犬が五匹いたんだ。ねえ、ハンク、なんでそんなに鼻が赤いの? 父さんはすっごい金持ちなんだよ。星って熱いのかな?(中略)どうしてオレンジは丸いの? このほら穴にはベッドはある? エーモス・マレーは足に指が六本あるんだ。オウムってしゃべるんだよ。でもサルや魚は無理だね。十二にするにはいくつといくつをたせばいい?」
だいぶ省略したが、それでも長い。食事の間中こんなことを聞かされていた2人には同情を禁じえない。
読み聞かせをするときは、言うまでもなくこの部分はキーキー声で一気にしゃべる。間違いなく笑い声が起きるはずである。聞き手の心をつかむ場面は、後のほうでもう少し出てくる。ビル(赤い酋長によってハンク爺さんと命名されている)が、赤い酋長の仕打ちのために次第に神経をやられ、次第におかしくなっていくくだりである。
ビルは、こんなことを呟くようになるのだ。
「なあ、サム。聖書にでてくる人物で、おれがいちばん好きなのはだれだか知ってるか?(中略)赤ん坊をみな殺しにしたヘロデ王だよ」
この話を読み聞かせする目的は、生意気なガキに生意気なガキの話を聞かせることにある。赤い酋長の話を聞きながら、聴衆は間違いなく虐待を受けている大人、ならず者たちの側に感情移入するはずだ。子供が出てくるが主人公はむしろ大人の側で、聴衆は子供を外側から眺めることになる。その視点が得られれば、それでいいのだ。もちろん物語後半にはミステリーらしいオチがあり、O・ヘンリー作品の中でも特に切れ味はよい。そのお話としてのおもしろさを知ってくれるだけでも十分だ。
問題は、ちょっとばかり尺が長いところ。ゆっくり読んで、笑いがとれるところで少し待ったりしていると、30分以上はかかるはずだ。私が読み聞かせをやっている学校は1回の持ち時間が15分しかないので、到底間に合わない。
そこで、これを前後編に分けて読むことにした。前半は、誘拐してきた子供に翻弄され、とんでもないことになるというところまで。身代金を奪うため、子供の父親に脅迫状を届けにいくあたりから、後半に分けた。前後2回に分けるので、当然後半では「前回までのあらすじ」を簡単に紹介する必要がある。そのため、泣く泣くエピソードを一部省略し、前後編合わせて23、4分で読み終われるように調節した。読み聞かせのとき大事なのは、実際の朗読時間がどのくらいになるかを事前に計ることである。必要であればこのように長さを縮める必要が生じることもある。もちろん原典通りに読めればそれに越したことはないんだけどね。文章の一部を省略してしまったときは、読み終わったときに本を示し、完全版が読みたい人は図書館(図書室)に行くよう、誘導すればいい。
読み聞かせのあと、O・ヘンリーを自分で読むようになった子供がいるか、私は知らない。いるといいな、と思っているのだが。