今回は女子編である。ロマンス小説では基本的に女子の恋の相手は男子。闘いの相手は男子だ。ということは前回の男子編以上の恋愛術を学ばなくては恋に勝てないではないか。これは気合いが入る。
では早速、その闘いの始まりから見てみよう。問題になるのは自分のすべてを見せるか否かである。恋愛の初期段階で標的に素顔を見せるかどうかは、おそらく女子(もしかしたら男子も)の永遠のテーマだ。できれば自分のいいところを見て欲しいというのは当然の欲求だから。
『最悪で最高の恋人』のヒロイン、グレイスは挙式直前に婚約を破棄されて以来、恋に臆病になっている。それもそのはず、破局の原因は婚約者が彼女の妹に一目ぼれしたからなのだ。心配する周囲にうんざりしたグレイスは恋人ができたと嘘をつく。その折り、彼女の家の隣に男性が引っ越してくる。嘘がばれないうちに本当に彼氏を作ろうと奮闘しつつも、グレイスはその謎めいた隣人キャラハンの存在が気になり始める……。
グレイスは「医者の恋人がいる」と家族に嘘をついている。みんなを安心させるための善意の嘘なのだが、彼女はキャラハンにも嘘をつく。恋人がいないと正直に言ったほうが彼との恋が芽生える可能性は高まりそうだが、そうではないのだ。
彼女にとって嘘とは何か。それは自己確立の手段である。婚約者に捨てられた冴えない女。キャラハンにそう思われていると思うだけで、彼女は劣等感の塊になる。「すてきな彼氏がいる私」という嘘を演じているからこそ堂々とふるまえる。そして実際、その彼女にキャラハンは惚れる。嘘がなければ彼が惚れたグレイスはいない。だからこの嘘は必要なのだ。しかしその後、グレイスが真相を明らかにしたことから二人の関係には波風が立ってしまう。では闘いの中盤、ついた嘘はどう扱えばいいのか。
その疑問に答えてくれるのが『エマの秘密に恋したら…』のヒロイン、エマだ。
入社間もないOLエマはキャリアをかけた初出張で大失敗、おまけに帰りの飛行機は乱気流に巻き込まれてしまう。飛行機恐怖症のエマはパニックに陥り、隣の席の男性ジャックに自分の秘密をすべて打ち明けてしまう。二度と会わない人だから大丈夫と言い聞かせながらエマが会社に行くと、創業者が視察にやってくると大騒ぎになっていた。
エマにとって初めて会う創業者、それがジャックだ。エマは徐々に彼に惹かれるようになるが、グレイスとは反対に彼女は最初から手のうちをさらけ出す羽目に陥っている。本当の体重から現恋人コナーの嫌いな部分まで洗いざらい知られているのである。しかしジャックはそのエマを好きになる。いいところばかりを見せようとする社員たちの中で、エマは唯一素顔を見せてくれた存在。弱みも欠点もすべて含めたエマに彼は惹かれるのだ。
では恋を持続させるにも「洗いざらい話す」作戦でいいのか。そうとは限らない。エマがコナーとうまくいっていた理由を考えてみよう。エマはコナーに誘われるジャズのコンサートが大嫌いだった。でもそれで喧嘩にはならなかった。彼女がジャズを好きなふりをしていたからだ。エマはコナーがウディ・アレンの映画を見ながらセリフを暗唱するのが嫌いだった。でもそれでも表面上問題はなかった。エマがその得意げな暗唱にムカついていることを黙っていたからだ。その証拠に彼女の本心が明らかになると二人の関係は壊滅的にこじれる。
恋の始まりにも持続にも嘘の有無は問題ではない。罪のない嘘をつくことで自信を持ってふるまえ、念願の彼氏ができるなら結構。セリフを暗唱する彼氏に「すごいね!」と嘘をついてうまくいくのならそれも結構。
一番肝心なことはエマの友人が教えてくれている。「あたしの両親は結婚して三十年だけど、ママが天然のブロンドだって、パパはいまだに信じてるわ」。
大切なのはこれだ。ついた嘘はつき通すこと。そしてそれが一番難しいことはもちろん言うまでもない。