1822年、英国。サマーフィールド子爵であるウィルは、何年にもわたり世界を見聞する旅に出ていたが、父伯爵が倒れたとの報を受け、故郷のベッドフォードシャーに帰ってきた。父は一命こそ取り留めていたが、半身不随の状態になっており、監督者を失った屋敷は荒れ果てていた。深く後悔したウィルは、屋敷の再建を心に誓う。まずは、彼がいなかったせいでデビュタントを逃した二人の妹にロンドンの最新流行のドレスを誂え、きちんとデビューを果たさせるのだ。
その三ヶ月後。ロンドンに住む、伯爵令嬢フィービーは、窮地に立たされていた。父を亡くし、さらに母親を亡くしたせいで経済的に困窮し、趣味を活かして始めたドレスのデザインの仕事は、順調だった。それどころか、姉エヴァと従姉のグリアが相次いで玉の輿に乗り、もうお金のために仕事をする必要はなくなっていた。だが、彼女のドレスを扱ってくれていたブティックの女主人が反乱を起こしたのだ。フィービーは名誉のために、身分を隠してデザインをしてきたが、その秘密をバラすというのだ。
おりしも議会では、姉や従姉の夫君たちが、女性の社会進出を支援する法案を通過させようとしていた。ここでスキャンダルを起こすわけにはいかない。女主人は、バラされたくなければ、ある屋敷に行って、住み込みで秋の社交シーズンまでにその家の娘たちのデビュタント用のドレスを作るよう強要する。フィービーは覚悟を決め、フランス人の夫に先立たれた未亡人、マダム・デュプリー、と身分と身許を偽って、問題のベッドフォード伯爵の屋敷に赴いた。
ベッドフォード伯爵の娘たち、つまり、ウィルの妹たちは、すっかり我がままな礼儀知らずに育ってしまっていた。その上、弟は賭けごとをして借金を踏み倒したり、父伯爵の馬を勝手に売ろうとしたりして、問題ばかり起こしている。弟妹に手を焼き、いらだちを募らせるウィルの前に現れたのが、マダム・デュプリーことフィービーだった。
お針子とは思えない、気品と美しさを備えた彼女に、ウィルは安らぎとときめきを覚える。未亡人ならば、大人の関係をもっても構わないのではないか。そんな思いがさらにウィルを積極的にさせた。だが、フィービーは本当は伯爵令嬢で、ウブな処女だった。それでもフィービーは、いまの自分はマダム・デュプリーなのだから、少しくらい大胆になってもいいのでは、とウィルにこたえ始める。しかし、ウィルはお家の再建のために、早々に良家から花嫁を迎えなければならず、フィービーにしてもシーズンが来れば屋敷を去って元の生活に戻らなければならない。それは、ひと夏だけの偽りの恋だった。だが二人の気持ちは、次第に真剣なものになって……
このシリーズは〈不運なデビュタント〉として、フィービーの姉が主人公の『危険な公爵を夫にする方法』、従姉が活躍する『危険なプリンスと恋に落ちる方法』と先に2作で出ており、3作目にあたる本作で完結します。独立して読んでもまったく問題ないので、シチュエーション的に一番面白い3作目を取り上げました。
フィービーは姉や従姉と違って、内向的で家にこもってお裁縫をしているのが好きな女の子。しかし、薄い金色の髪に青い瞳で、三人のうち、一番の美形です。心優しい彼女は、姉たちのために、ブティックの女主人の脅しを聞いて、お針子に身をやつしますが、少し夢見がちなところもあって、マダム・デュプリーという偽りの身分を楽しんだりもします。
ウィルはハンサムで経済的にも豊かで身分も高いとあっては、ベッドフォードシャーじゅうの未婚の娘を持つ家の人々がほうっておかず、次々に見合いめいたパーティに出席しますが、父親が倒れたのに放浪していたことへの責任と、弟妹と心がすれ違ってしまったことに傷ついており、そんななかで出会ったフィービーは、まさにオアシスのような存在になります。
もし本来の身分で出会えていたなら、なんの問題もなく結婚できた二人ですが、出会いが偽られたせいで、身分差と先のない恋に苦しむことに。
ただ書きぶりとしては、シリアスなばかりではなく、軽妙に、また、フィービーの作るドレスの華やかさや、屋敷の美しさなどがいきいきと描かれ、その背景も楽しむことができます。
少しだけ分野は離れますが、同じお針子ものとして、映画化もされたダイ・シージエ『バルザックと小さな中国のお針子』(ハヤカワepi文庫)、またYA系・コバルト文庫の青木祐子〈ヴィクロリアン・ローズ・テーラー〉シリーズもオススメです。☆☆☆☆☆
ドレスのきらびやか度☆☆☆☆☆
偽りの身分差堪能度☆☆☆☆
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |
以下の4作品は09年刊行分となります。05年以降、これまでに全17作品が刊行されています。