3年前に、遊女の惨殺事件をめぐる伝奇ミステリー『闇鏡』で、日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した著者。端正な文体と言えば聞こえはいいが、時代小説や、乱世の匂いが残る室町時代あたりに暗い者にとっては、テンポ良く読み進められない小難しさが確かにあった。
それが一転、受賞第一作となる本書では、デビュー作の肩肘張った感じが抜け、時代を昭和初期に移したことも功を奏して、するりと物語に入り込める。
舞台は昭和六年。まだ日本は貧しく、遊女に身を落とさなければ生きる術のない女たちもいた時代。狂言回しを務める幸代もそんな境遇にいた一人だ。幸代の双子の姉・雪子が無理心中して、幸代が姪の安子を弘前の名家・大柳家に預けに行くところから物語は幕を開ける。
大柳家には、安子と血のつながる父がいる。雪子はかつて安子の実父である大柳新志と心中未遂をしたことがあり、新志はそれがもとで精神の安定を欠くようになった。田舎に連れ戻された新志は実家の屋敷の座敷牢のような場所で、ひっそりと生きている。
裕福な家で育った方が姪にもよかろうと、資産家の次男である新志の生家まで、安子を連れて旅する幸代。姪を捨てに行くようなものだという後ろめたさと、姉の無理心中の不可解さが重く心にのしかかる道中、盲目の美少女巫女(イタコ)・千歳と汽車で乗り合わせたのが縁の始まりだ。イタコのくせに理詰めの推理を展開する千歳と、霊やお化けは苦手なくせに死者の気配を感じ取ってしまう幸代。一風変わった探偵コンビが誕生して、事件を解決していくのだ。
表題作「魂来る」は、雪子が起こした無理心中事件の真実を暴くという顛末。2作めの「ウブメ」は、堕胎を請け負う産婆が殺されたが、病に伏せていて歩くことなどできない女が自白するという不可解さに挑む。3話めで二人がたどり着くのは、インソムニアという名の元妓楼だった土地で噂される、焼き殺された遊女の「呪い」の真相。
そして、1話めからたびたび登場人物たちの口の端に上る“蝶子”が巻き込まれた事件の全容が、ラストの1編「紅蓮」で明かされる。構成も心憎い。
何より成功しているのは、キャラクターづくりで、性根のいい幸代、ハンディキャップを背負っていても明るい千歳、気むずかしそうに見えて懐は深い大柳家の老夫人・松江もいい味出している。
舞台が弘前なので津軽弁が頻出するのだが、方言で言わせた方がいいと思われる場面でだけ使われ、凄惨な事件を扱いながら殺伐とさせないための絶妙な効果が生まれている。
謎解きの部分では、すぐ犯人の目星がつくなど脆弱さもあるが、この舞台装置と登場人物の魅力でいくらでも物語は作れそうだ。作家にとっては、かなり強力な武器を手に入れたわけで、続編も期待したいところだ。
☆☆☆★
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