このところ、アフガニスタン系の作家が書く、あるいはアフガンが舞台となった小説を読む機会が増えた。カーレド・ホッセイニしかり、ヤスミナ・カドラしかり。翻訳王国であることをありがたいことだとつくづく思う。そのリストに、本書もラインナップ。すでに『灰と土』(インスクリプト)が邦訳された作家の、08年ゴンクール受賞作である。
物語は、密室で終始する。戦場で負傷し、意識を取り戻すことなく、装飾のない病室にただ横たわったままの男。男の横には、看病に身を捧げる妻の姿がある。しかしできることはそう多くはなく、数珠をたぐりながら、「アル・カッハール」と祈りの言葉を唱え続けることぐらい。そして、長い時間、もの言わぬ夫とともに病室で過ごした妻は、やがてある秘密を告白するのだった……。
全編、そっけないほどの短く簡潔なセンテンスで構築され、長い詩のようにも読める。また、『灰と土』を自ら映画化した著者らしく、ひじょうに映像を喚起させる文章でもある。
そうした短くたたみかけるセンテンスと、妻の唱えるコーランのリズムとが合わさり、緊張感が次第に高まっていくのだが、最終盤には衝撃の結末が用意されている。
原題「サンゲ・サブール」とは、“忍耐の石”という意味であるらしい。本書でも、妻は物言わぬ夫に対し、こう説明している。
「その石を自分の前に置いて、その前で、自分に起きた不幸とか、苦しみとか、つらさとか、悲惨なこととかを話すの。その石に、心にしまっていたこと、他の人には言えないことをすべて告白するの……(中略)石はその人の話を聞き、その人の言葉や秘密を吸いとる、ある日割れるまで。その時、その石は粉々になるの」。
はたして夫は、ペルシアの神話に伝えられる、この“忍耐の石”でありえるのだろうか。あるいは、アフガニスタンという土地が、その習慣が、女性に強いる不断の忍耐を想像するなれば、これまで石でありつづけた妻の、さいごの炸裂がこの告白だったのか。
いずれにせよ、石が粉々に砕け散るとき、告白者の苦悩は雲散霧消するらしい。
夫婦間の息つまる心理小説としては、秀作。
よって、☆☆☆☆で。
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