ニール・ゲイマンと言えば、読む端からのけぞるほど博覧強記の作家で、語り口は軽妙でもモチーフにしている世界は広く深い。宗教、神話、聖書、黙示録、古典、伝説、寓話、サブカルチャーまでをも現代に取り込み、ウィットたっぷりのジェットコースター・ストーリーを紡ぎ出してしまう。
神様を父に持つ冴えない主人公と双子のきょうだいの話『アナンシの血脈』(角川文庫)、映画『オーメン』を下敷きにした悪魔と天使の攻防『グッド・オーメンズ』(角川書店)、八百万の神が身を潜め暮らしている現代アメリカを舞台にした『アメリカン・ゴッズ』(角川書店)など、いずれ劣らぬリーダビリティーを誇る。コミックの原作や映画の脚本なども手がけるマルチな才人だけれど、日本では、それら長編ファンタジーの書き手として知る人も多いだろう。
だが、ざっくり言うなら、これまで邦訳されてきたものはどれも壮大なホラ話。広げる風呂敷のデカさに圧倒され、ディテールにくくくと笑わせられるけれど、そういう戯作は好みじゃないなと思う読者もいるやも知れず。そんな人にこそ「じゃあ、これはどう?」と薦めたくなるのが、技巧の効いた短中編を集めた本書だ。
十二ヶ月が順々に語り手を務める不思議でホラーな会合「十月の集まり」、映画『マトリックス』を彷彿させるSF風味の「ゴリアテ」、『アメリカン・ゴッズ』の主人公シャドウの後日談ファンタジー「谷間の王者」など、バラエティーに富んだ短中編が26、ほかに詩のような小品が5つ収録されている。
評者のお気に入りは、まず、怪奇小説の雄ラヴクラフトと、コナン・ドイルの代表作シャーロック・ホームズシリーズを融合させた、洒脱な仕掛けの短編「翠色(ルビ・エメラルド)の習作」。語り手の〈わたし〉は、下宿先を探すうちに謎めいた同居人を見つける。親しくなっても正体不明の男だが、諮問探偵をしていることはわかった。ある日、ロンドン警視庁のレストロイド警部が訪ねてきて、男に、緑色の血が飛び散っている殺人事件の捜査を手伝うよう要請する。やがて、〈わたし〉が気づいた真実に、読むこちらもびっくり。
「苦いコーヒー」もいい。何もかもに虚しくなり、すべてを捨てて旅に出た先で、〈わたし〉は人類学の教授と知り合う。学会でハイチのコーヒーガールについての論文を発表する予定だという彼。「コーヒーガール」はハイチのゾンビ伝説だ。彼の頼まれごとを済ませて戻ってみると、教授はおらず、路上に論文のタイプ原稿とホテルの支払い済み予約票が落ちていた。〈わたし〉は教授になりすまし、学会で発表までしてしまう。その後で繰り出したニューオリンズの街は次第に様子を変えて……というダークなファンタジー。
そして、ゲイマンが長女のバースデー・プレゼントとして書き下ろしたという「サンバード」(なんて贅沢な!)。〈美食クラブ〉に集う面々は、すべてを食べ尽くしたとぼやくが、ひとりが〈太陽の町(ルビ・サンタウン)のサンバード〉を捕まえて、昔ながらの調理法で食べようと提案する。その顛末を追ったブラックな笑いは、R・A・ラファティ風。ユーモアあふれる奇想短編へのオマージュらしい。
煙に巻かれたり、背筋が凍ったり、ニヤリとさせられたり。食べ止まらないお菓子のようにむさぼり読んでしまう、おかしな味わいの小説群。ドナルド・バーセルミやケリー・リンクが好みなら、きっとハマると思うのですが。
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とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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