著者は、デビュー作『肝、焼ける』の親本(2005年刊行)で、作家の山田詠美氏から〈文句なし。この作者は、ある種の男性から敬遠され、ある種の女性から熱烈に愛される小説を書いて行く人だと思う〉という絶賛帯文を贈られた人だ。文庫化した同書(講談社文庫)では、書評家の豊﨑由美氏から〈四十四歳になるまで、これほどの才能を放置して、あなたは一体どこでブラしていたのかっ〉と愛ある叱責まで受けている。デビュー5年間での進化は並みでなく、とりわけ2009年はその才能の伸びしろをほとほと見せつけられた。
いいからだを持て余したヒロイン、アカリのドリフトする半生を描いた『ロコモーション』(光文社)に始まり、人生に臆病なヒロイン、展子のポジティブな変化を追う『深夜零時に鐘が鳴る』まで、今年はなんと5冊を上梓。しかも、サスペンスタッチあり、ほのぼの系あり、群像劇ありと、一作とて同じテイストがないのだからあっぱれ。
さて、そんな「朝倉かすみin 2009」を締めくくる本書を紹介しておく。
ヒロインのテンコちゃんこと匂坂展子(こうさかのぶこ)は、札幌在住の29歳OL、彼氏なし。公私ともにとりつくしまもないほどの堅物で、彼女自身、〈がっかりせずに生きていきたい、から〉、〈予めある程度諦めておいたほうがよいという基本方針をいつのころからか立て〉、人生の期待値を低めにして日々をやり過ごしている。そんな展子の日常が、かつての女友達リコの元カレ、根上茂とショッピングモールで偶然再会した日から加速度的に変わり始める。
その呼び水になるのは、6年前に展子や根上の前から姿を消し、以来、行方知れずのリコだ。彼女の所在を追い始めるや否や、リコの口から出てきたミヤコちゃんやえぐっちゃんなど、過去からの来訪者が、展子の前に次々と現れる。そうした人たちから見たリコは、展子が知っているのとは少し違うキャラだった。会って話を聞き、昔よりリコのことがわかってきたように感じる一方で、展子はリコという鏡を介して、自分にも他人にもひた隠しにしていたおのれの本心にも気づいていくのだ。
折しも展子には〈タイム屋文庫〉に行く機会がやって来る。そう、著者のファンならすぐわかるだろう。本書は、2008年発売のロマンティック全開恋愛小説『タイム屋文庫』の続編なのだ。板敷きのその居間でうたた寝すると、未来が見られるという変わった古書店兼喫茶店は実在し、展子の会社の元先輩はとりみちこが小説に書いて、それを展子が読んだというめぐり合わせ。この奇縁に限らず、本書の登場人物たちはめぐりめぐってつながっていく。
前作のヒロイン柊子と樋渡のような奇跡は、展子に起きるのか。リコの素性は見えてくるのか。その顛末を追う語りの技は、ますます冴えている。思いがけない事実やホンネを、考えなしにふと明かしたように見せて、その実、練りに練って小出しで攻めてくる妙味。加えて、キャラクター造詣の見事なこと。主要人物はもとより、展子を秘かにライバル視して、いちいち女子力のマウンティングを仕掛けてくるちょっと鬱陶しい脇役、そら豆さんさえ、いつしか愛すべき存在に見せてしまう筆さばき。読んでいてホントに楽しいです。
ちなみにこの小説は、カウントダウン式になっている。テンコちゃんが根上と再会した日が12月7日。代わり映えのない年の瀬を過ごすはずだったのに、大変革が起きて締めくくる日が大晦日から元旦をまたぐ夜。このタイミングで読んだら、臨場感もひとしおかもしれない。
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