ハヤカワ・ミステリ文庫の〈現代短篇の名手たち〉は、英米ミステリー作家の短篇集を収めた全十巻のシリーズ。『やさしい小さな手』はその七冊目にあたるローレンス・ブロックの作品集だ。
一九六〇年代にペーパーバック作家としてデビューして以来、ブロックは一流のエンタテイナーであり続けた。朝鮮戦争で脳に銃弾を受け、眠りの代わりに語学力と教養を手にしたスパイが活躍する〈エヴァン・タナー〉シリーズ、酔いどれ探偵の奮闘を描くハードボイルド〈マット・スカダー〉シリーズ——あるいは“価値の無いものを盗む”泥棒を主役にした〈泥棒バーニィ〉シリーズなど、軽妙さと重厚さを使い分けることで、ブロックは数多くの傑作を生み出してきた。個々の作品だけではなく、MWAグランドマスター賞やPWA生涯功労賞といった“業績”に対する表彰を受けたのも道理というものだろう。
ブロックは『ローレンス・ブロックのベストセラー作家入門』において、エンタテインメントのテクニックを説くと同時に、作家業や小説に対する持論を展開している。そこにあるのは培われた技量と実直な姿勢——いわば著者の匠ぶりに違いない。「短篇小説は愛の産物である」(原稿料が安い)と口にしながらも、ブロックは半世紀にわたって短篇を書き続けてきた。そんな匠の短篇集が面白いことは一つの必然なのである。
全十四篇を収録した本書を読むだけでも、技巧的なオチが仕込まれたスポーツミステリー、緊迫感に満ちた犯罪小説、哀愁の漂う恋愛スケッチなどの多彩な“球種”が楽しめる。マット・スカダーの登場する四篇もファンには必読モノ。匠が生んだバラエティ豊かな珠玉集として、文句なしに☆☆☆☆を付けられる一冊と言えるだろう。
ちなみに〈現代短篇の名手たち〉は、デニス・ルヘイン、イアン・ランキン、ドナルド・E・ウェストレイク、ジョー・R・ランズデール、マイクル・Z・リューイン、ローラ・リップマン、ローレンス・ブロック、エドワード・D・ホック、ピーター・ラヴゼイといった面々の短篇集に(最終巻として)アンソロジーを加えた構成になっている。「短篇集が売れない」と言われる時代だからこそ、一読をお薦めしたい好シリーズなのだ。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |
〈現代短篇の名手たち〉シリーズについては、ジョー・R・ランズデール著『ババ・ホ・テップ』の書評も収めていますので、ぜひお楽しみください。
『ババ・ホ・テップ』 レビュワー/杉江松恋 書評を読む