バレンタインに、秋葉原で理系メガネ男子の白衣イベントがあると聞いて、心騒いだ今日このごろ。やっぱメガネは、外させるところに美学があるんだわ。でもその究極形って、有名なあの人なのかしら?……などと思いながら、本書を読んでいたら、ヒーローの、野暮な学者であるはずのヒューが、「眼鏡を外すとローマ軍の百人隊長」との記述を見て噴きました。おまえはあの人――“サラリーマン金太郎”かー(かーかーかー[*エコー])!
ナポレオンが斃れ、英仏の国交が再開して間もない19世紀前半。27歳の少々トウのたった貴族令嬢アビーは、弟のジョージとともに訪れた旅行先のパリの古本屋で、美しいパリジェンヌにぶつかります。そのパリジェンヌは、実はイギリスのスパイ、コレットでした。コレットは、ナポレオンの腹心で、ナポレオンと共に死んだとされていたネモが生きて活動しているという情報を、イギリスの諜報部に古本に隠して届けようとしていましたが、ネモの手勢に追われて、やむなくたまたま行き会ったアビーの買い物籠に、問題の本を滑り込ませたのです。なにも知らないアビーはその日から、ネモと英国諜報部の双方から追われる羽目に!
パリから戻ってまもなく、アビーを追い詰めたのは、スパイたちではなく家族でした。友人の考古学研究仲間ヒューとパリで会ったので、ついでに家族に宛てた手紙を預けたところ、家族たちはロマンチックな誤解、つまり、行き遅れのアビーについに結婚相手が現われたと思いこみ、アビーを問い詰めたのです。ヒューは単なる友達、そう思っていたアビーでしたが、アビーへの刺客を察知して、ふとメガネを外したヒューを目にし、その素顔が「ローマ軍の百人隊長」のようであることに気づいて、どぎまぎします。長身のたくましい身体に、一房額に垂れかかる前髪と端正な横顔のセクシーなこと! 適齢期の頃、恋人と思っていた男性から、美貌の妹に鞍替えされるという仕打ちを受けて以来、臆病になっていたアビーに恋の予感が。
一方、ヒューのほうは、金髪に大きなグレイの瞳が美しい、他の誰とも違う反応を彼に返すアビーに、密かに夢中でした。しかし、彼には、アビーに言いたくない過去がありました。今は引退したものの、かつて英国のエリート諜報部員として活躍し、仕事にかまけるあまり、妻と仲違いし、孤独のうちに死なせてしまったのです。アビーのことを愛しながらも、自分が結婚に向かないのではないと疑い、なかなか一歩を踏み出せません。しかし、アビーが諜報部に狙われていることを知り、身をもって彼女を守る決意をします。ただ、擬態の学者肌のメガネ男子(本来ヒューが進みたかったのは学者の道なので、本道とも言えますが)の期間が長すぎたせいと、諜報部員だったと告白できないせいで、ヒューを巻きこむまいと案じるアビーから、なかなか頼ってもらえないのです。
アビーは、ネモに、弟のジョージを人質に取られ、返して欲しければ本と交換だ、と言われますが、初めはわけがわかりません。それでも頭のよい女性なので、なんとか断片から事実を類推し、ひとり、ネモに立ち向かう決意をします。
しかし、アビーがヒューを巻きこまないためについた嘘と、ヒューがアビーを助けるためについた嘘が、恐るべきネモや百戦錬磨の諜報員たちの横やりと絡まり合って、二人の間に最悪の誤解を招きます。はたして二人は誤解を解き、ネモと英国諜報部を出し抜いて、無事にジョージを取り戻せるのでしょうか。
いやーーーー、メガネを取るとスゴイという文化が、外国にもあるんですね。よく考えてみれば、スーパーマンだって変身するときは、スーツを着替えるとともにメガネも外していたのだから、そうそう奇異なものではないのかもしれないですけど。それにしたって、メガネ取ったら、仕事のデキる男になって、下半身もストロングだなんて、“金太郎”すぎるよ。
“金太郎”萌えもさることながら、本作は、脇を固める悪役勢もバラエティに富んでいて、読み応えをいやまします。ネモ、というのは、ラテン語で「誰でもない」、つまり「名無しの顔無し」という意味で、変装の達人だった彼を恐れた英国軍がつけたあだ名です。ネモはあらゆる人物になりすまし、アビーたちのそばに接触してきます。その忍びよる恐怖といったら!
さらに、ヒューのかつての同僚でライバルだった英国諜報部のエース、メイトランドが、アビーこそネモの手先なのではと疑い、アビーをニューゲイト監獄にぶち込んで、厳しい責め苦を味あわせるのです。『ニューゲイトの花嫁』って、ジョン・ディクスン・カーのミステリにありましたけど、なかなかないですよ、ヒロインが監獄にまで落ちてしまうのって。つまり、“金太郎”だけじゃなくて、ストーリーに起伏のある、なかなか奥深い話なのです。
作者のソーントンは、すでに6冊の邦訳があり、いずれもロマンティック・ヒストリカル・サスペンスの秀作です。本作の、上記のようなロマンティック・サスペンスの巧さに加えて、家族の絆が再生したり、男同士の友情が芽生えたりと、てんこもりなこの魅力を“金太郎”にうわ乗せしてお伝えしたい……。メガネ男子をなめんじゃねぇぇぇ!☆☆☆☆☆
悪役キャラ立ち度☆☆☆☆
ヒーロー変身度☆☆☆☆
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |