伊吹有喜『四十九日のレシピ』は、『風待ちのひと』で第三回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞した作者の、デビュー後第一作にあたる作品だ。前作で感心したのは、作者の登場人物への接し方が新人離れした「おとな」の態度であったことである。人生の針路が狂いかけている男女が出会い、お互いに足りない部分を補ううちに好意を抱き合うようになる。本来は交わるはずがなかった人生に接点ができたことにより、互いの心が再生していくさまを、柔らかい筆致で伊吹は描いたのだった。プロット自体は古典的なメロドラマのものだったのが、作者が登場人物とあえて距離を起き、つき離すような描き方をしたことで、物語にはオリジナリティが備わったのである。そういう態度がつまり「おとな」なのですね。
『四十九日のレシピ』は、熱田良平の妻・乙美が七十一歳で亡くなるところから始まる。妻に突然先立たれ、腑抜けのようになってしまった良平の元に、金髪顔黒という派手な風貌の女性が顔を出す。井本と名乗った彼女は、乙美から生前に頼まれごとをしていたのだと言う。それは四十九日までの間、熱田家の家事をすること。井本は良平に、乙美が手書きで残したレシピが存在することを告げる。井本によれば、乙美は自分の四十九日にはそのレシピで作った料理を振舞って、大宴会を開いてもらいたいと願っていたという。半信半疑の良平の前に、さらにもう一人の女性が現れる。熱田家の一人娘・百合子だ。彼女もまた、良平とは別の理由で疲れきっていた。夫の浩之が、愛人を妊娠させてしまっていたことが発覚したのだ。離婚を決意して帰宅した娘と、妻を充分に愛してやれなかったと後悔する父。二人の止まってしまった人生を、乙美のレシピが癒していく。
喪の小説であり、家族の再生を描いた作品である。そう書くとありがちな物語のようだが、乙美を良平の後妻とし、百合子との間に血縁がない設定にしたことが活きている。家族のつながりとは血縁だけで決まるものではないという主題が、熱田家を巡るひとびとの関係の中で浮き彫りにされていくのである。浩之と百合子の夫婦の関係は物語に引かれた重要な補助線である。愛人の妊娠という騒動を通じて、乙美と百合子の血のつながらない親子関係にも光が当てられる。
押しつけがましくない愛情の示し方にも見るべき点がある。生前の乙美には、人を幸せにするための踏み切り板を買って出るようなところがあった。踏み切り板を蹴って跳んでしまえば、人はどこかに行ってしまうものである。そこには決して帰ってこない。しかしそれを苦にしないような女性だったのだ。家族は自ら選んで愛するもの、人を愛することには見返りを求めないもの。二つの心のあり方は、最深部で間違いなく結びついている。
第二作ということで高くなったハードルを充分にクリアしている作品だと私は考える。軽やかな会話のやりとりなど、前作で良いなと思った細部も踏襲された。登場人物のその後を描いたエピローグだけが蛇足だろう。その前の川の場面できっぱりと幕を下ろすべきだった。とはいえ、新しい才能としてお薦めしたい新人だ。☆☆☆☆。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |
伊吹有喜のデビュー作の書評も収めていますので、お楽しみください。
『風待ちのひと』 レビュワー/杉江松恋 書評を読む