—— 詩や俳句に対する関心も、その時々によって濃淡ありますか?
そうですね。俳句なら、戦前は「京大俳句事件」なんていうのがあって、ラディカルな比喩を使うと罪になるとか、御用俳人が俳句のメタファーを読んで、「赤の匂いがする」とか言って、それで実際に牢屋に入れられるということが本当にあったわけです。いまこうやって話しているとまるで近未来SFみたいな話ですが(笑)、しかし逆に考えると、俳句という表現がそれだけ国家を揺るがす危険物だと大真面目に信じられていたわけで、そこにはある種の憧れめいたものを感じざるを得ないところもあります。
詩にしても瀧口修造なんて政治運動でもなんでもない、シュルレアリスムを日本に導入しただけなんですが、わけのわからない危険なものとみなされてやはり逮捕されている。しかし取り調べの段階でも、(師匠格の)西脇順三郎のことは一切しゃべらなかった、なんて話を聞くと、後年の瀧口さんのあのおだやかなまなざしを思い返して、「やっぱりステキな人だなあ」なんてミーハー的に思ったりする(笑)。
今はあまりに衣食足りて平和だし、小なりといえどもみんな自分が王様という感覚でしょう。でもあの時代はたとえ年下であっても、強烈な才能に惚れたら、自分は生涯番頭になってもかまわないとか、そういうメンタリティがあった。西東三鬼と山口誓子の関係がそうだし、正岡子規と伊藤左千夫とか。そういうのは今ちょっと見当たらないなあ、と思ってしまいますね。
—— 高橋源一郎さんとの対談で、「死との関係性が読みとれなくなると、(作品が)わからない」と発言されていて、これもその後の文脈を読んでなんとなくはわかるんですが、やはりもう少し説明してください。
石原吉郎や谷川雁のメタファーは、非常に厳密に思えます。吉岡実の「僧侶」もそう。幾何学的な厳密さのようなものを感じます。その厳密さの起点は何かといえばやはり死に対する感受性ではないかと思うんです。「永遠」と西脇順三郎が書く時、それは我々の中の「有限」が書かせるんだと思います。シュルレアリスムみたいに意外性のある言葉と言葉のぶつかり合いにしても、我々の肉体は有限で亡びていくけれども、ある言葉と言葉の組み合わせによってそこに永遠性が顕現するという幻想があると思うし、それも死との関係性です。
高橋さんとの対談、あの場面では小説について話しているわけですが、短歌や俳句だとその定型性から、より厳密に「死との関係性」はトレースできるんですね。しかし散文になってオープンになってしまうと見えにくくなる。つまりある文章の後にある文章が来る必然性がわからない。恣意的に見えてしまう。
言葉の恣意性を排除する根拠というのは、「誰もが死の上に立っているから」ということなんです。ただ、今ぼくが言っているのは非常に狭い近代以降の話で、例えば民話なんか読むと、簡単に外部に触れちゃう。「雪女」ってあるでしょう? 雪女、あれはいったい何がしたいんだと(笑)。 いい男を助けて爺を殺す、それはわかるとして「このことを誰にも言ってはいけませんよ」と言って人間に化けて結婚してその男の子供を生む。幸せになる。そしてとある晩に、男が「実は昔こんな雪の晩にな…」と語りはじめると「私があれほど言ってはいけないと言ったではないか!」と怖ろしい本性が剥き出しになる。その論理がサッパリわからない(笑)。しかしぼくがこの話に感動しないかというととても感動するし、悲しいとも思う。あきらかに「死」に触れていて人を揺さぶるものなんだけど、近代以降に生きているとどうにもわからないことというのもあるんだと思います。
—— 今の「雪女」の話もそうですが、日常から「死」が遠くなり、衣食足りた時代の表現者として、いかに「死」を充填するかという問題はあると思います。それから冒頭の「鷗外や漱石は立派だったか」という話にも通じると思いますが、「死」が強烈にあった時代の表現者に対する根本的な劣等感みたいなものはありますか?
それはやはり、ありますね。ジャンル初期の混沌としたパワーというのはやはりすさまじいものがあります。短歌の場合は映画や漫画のように技術が開発されるものじゃないですから、なおさらです。「死」についての感受性のことですが、例えばニューヨークの「グランド・ゼロ」のような場所に行く人がいます。おそらく、まさにその場所に行かないとわからないようなことというのがあるのでしょう。しかしいっぽうで、鼻毛を抜いたら白髪だった、というような、これも「小さな死」には違いありません。感受性のチューニングを合わせることで、「死」は偏在しているともいえる。
ただやはり、昔の女優さんなどを映画や写真で見ると、雪女ができそうな、「外部」を見てしまった人という感じが確かにあるんですね。今のぼくらみたいに全員に可能性があって、みんな同じ給食を三角食べしていて、男女全員五十音順ですとか、そういう時代に生きていて、絶対的な理不尽さに遭遇した経験が少なすぎる、「話せばわかる」世界に生きていると、雪女を演じるのはムリかなあと思ったりします。
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