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近藤史恵 ロードレース・シリーズ最新刊『サヴァイヴ』

心の揺れやたゆたいを追うのが好き

── ロードレースのシリーズに限らず、、近藤作品と言えば、物語の謎が解ければすっきりするわけではなく、むしろより重い読後感が待っていたりします。悲劇の背後にある人間の複雑な思いをていねいに掬って描いていらっしゃるからだと思うのですが。

近藤(不敵に笑いつつ)屈折している人、大好き(笑)! そういう人を書くの、大好き!

── 個人的につき合う人としてはどうですか?

近藤 あ、実生活でつき合うならわかりやすい人がいいですねえ(笑)。私自身はくよくよ悩んだり考え込んだりするパーソナリティーではないんですよ。でも小説では、迷いとか煩悩とか微妙な心の揺れやたゆたいを追うのが書く上でも読む上でも好きです。

── ぱっと思いついた近藤作品では、母性がテーマになっている『スタバトマーテル』や二組のカップルの行方を描く『アンハッピードッグズ』、愛犬をめぐるサスペンス『三つの名を持つ犬』 などは、心理の綾がすごく興味深い。登場人物はちょっとした利己心や悪意、あるいはある種の狂信などに囚われて、後ろ暗い過去から逃れられなかったり、犯罪に手を染めてしまったり、どんどんつらい道を行ってしまう。近藤さんは、どうしてそういう傷ましい人を書くことに惹かれてしまうんですか?

近藤 うーん、どうしてでしょうねえ……。でも、わざと傷を作ってかさぶたをはがすようなイタ気持ちよさって万人が"ちょっと好き"なんじゃないかと思うんです。小説の中に出てくる痛みは自分の傷じゃないけれど、その苦痛を想像して体感できる。本当につらいだけだったら読まないわけで、そこにカタルシスとか快感とか、何かしらあるから手に取ってしまうんでしょう。一時期はやったケータイ小説もいまも人気の韓流ドラマも、不幸が数珠つなぎでやって来るうちにうっとりしてしまう人々のニーズに合っっているのではないでしょうか。
考えてみれば、私は子どものときからかわいそうな話が大好きでした。小学生とかでも友達と「このマンガ、泣ける?」「泣ける、泣ける」とか言い合って競って読むでしょう? 私もそうでした。結局、私が物語を紡ぐときの本質はいまでもそのあたりにあるんでしょうね。

── 途中過程では胸が締め付けられたり苦しいけれど、ラストでは少し光が見えるのも近藤さんの作品の特徴だと思います。

近藤 負い目がある人物の痛みを書き続けていくので、すべてが明るみになったときに、実は罪を犯した人はがんじがらめになった自分から解放されてラクになっていくわけです。解決までにじくじくしたプロセスがない小説だと、ラストでどーんと落ちた方が面白いのかも知れませんね。

── そうですね。読後感というのは人によって好みの分かれるところではありますが。

近藤 私は、読後感ってわりとささいなことで決まるのではないかと思っているんです。事件自体はつらく終わっても気持ちいい余韻を残すこともできるし、逆に事件は解決しているのにすごく後味悪く終わらせることもできる。『サクリファイス』や『エデン』ももちろんすごくイヤな終わらせ方にすることもできたわけですが、そうしなかった。それは書き手の基本的な価値観に大いに関わるところだと思いますが、救いのない話にはしたくない、最後はすっきりさせたい、というのはあります。作者は神のように自在に登場人物をコントロールできるからこそ、暴走させないようさじ加減は大事だなと。

── シリーズを通して、すごく心に残る文章がいくつも出てきます。プロの選手としてひとりひとりがいろんな思いを抱えていて、それはたとえばスポーツをやっていない人にも響くくらい強く、同時に共感や憧れを覚えるものです。
一例を挙げれば、『サヴァイヴ』の「ゴールよりももっと遠く」の終盤。初読みの興奮をそぎたくないので内容には触れませんが、石尾がアタックをかける場面があります。ロードレースで重要なのは順位の"タイム差"で、タイムそのものが記録されるわけではないんですよね? にもかかわらず、石尾はなお勝負に出る。その姿を見た赤城はこう語るんですよね。〈石尾は速度を上げた。だれと戦っているのか、なにと戦っているのか、俺にも見えなかった。/そのときに気づいた。/彼が見ているのは、目の前にあるゴールではないのかもしれない、と。〉ここを読んだとき、思わず「石尾ってカッコいい~!」とポッとなりました。

近藤 カッコいいセリフを書くのは基本的に楽しいですからね(笑)。舞台設定こそロードレースという特殊な世界ですが、選手たちの苦悩は本当はすごく普遍的です。誰にとっても、どんな職業の人でもわかるものではないかと思っています。

── このシリーズはタイトルもすごく内容とマッチしていますよね。読み始める前は何がサクリファイス(犠牲)なんだ、どこがエデン(楽園)なんだと思うけれど、本を閉じるときには、これ以上のタイトルはないなと思ってしまいます。

近藤 ありがとうございます。白状すると、タイトルをつけるのが苦手なのでいつも苦労するんです。『サクリファイス』は最初から私の中ではイチオシだったんですが、なかなか出版社のほうでOKが出なくて。「スピードの果て」や「ゴールよりももっと遠く」は、サクリファイスの代案として一緒に挙げた候補タイトルを今回流用しました。『エデン』はなぜか一発で決まり、ほっとしましたね。

── 短編集の場合、収録作の題名をどれか引っ張ってきて通しタイトルにする場合もありますが、『サヴァイヴ』には同名の収録作はありません。わざわざ付けたタイトルですよね。

近藤 前作に合わせてカタカナ1語で統一したかったのと、これは「老ビプネンの~」の中でミッコがチカに〈いちばん大事なのは生き延びることだ〉と語る箇所があるのですが、このセリフが6作の通しテーマとも言えるなと思ってつけました。

──「老ビブネンの~」などは、タイトルだけ見ると、自転車レースの話だとはまったく想像つきません。

近藤 小説中でも説明している通り、このタイトルのもとになっているのはフィンランドのカレワラ神話なんです。もともとヨーロッパの伝説や伝承、神話には興味があり、日本の感覚とは全然違うんだなあと面白く感じたりします、そのため、気に留めたものは何となく小説中で使ったりしますね。レースとはまったく関係ないものを引っ張ってくることで、物語にも広がりが出て、読む人にもいい意味で驚いてもらえると思いました。

近藤史恵 こんどう・ふみえ
1969年大阪生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。1993年、『凍える島』で、第4回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。2008年には、『サクリファイス』で、第10回大藪春彦賞を受賞し、同作は第5回本屋大賞第2位にも選ばれた



インタビューで紹介されている本

『アンハッピードッグズ』
近藤史恵
ポプラ社ポプラ文庫小説] [ミステリー] 国内
2011.02  版型:文庫 ISBN:4591122743
価格:588円(税込)
『三つの名を持つ犬』
近藤史恵
徳間書店小説] [ミステリー] 国内
2011.05  版型:単行本(ソフトカバー) ISBN:4198631727
価格:1,575円(税込)
『スタバトマーテル』
近藤史恵
中央公論新社中公文庫小説] [ミステリー] 国内
2004.06  版型:文庫 ISBN:4122043786
価格:680円(税込)

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