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近藤史恵 ロードレース・シリーズ最新刊『サヴァイヴ』

ホワイダニットにこだわってしまう

── 近藤さんの作品には整体師シリーズや清掃人探偵キリコシリーズなどがあり、一風変わった職業の人が探偵役として活躍しますよね。

近藤 奇をてらっているわけではなく、私の中ではごく自然の成り行きなんです。整体師探偵は、自分が凝る体質なので、カラダの声を聞くような探偵がいたら面白いんじゃないかと思ったこと。掃除人のキリコは、私も作家として駆け出しだったころに掃除のアルバイトを兼業していたことがあって、ヒントになっています。アルバイト時代、ある人のゴミ箱を掃除しながら、「あなたが好きなお菓子が何か、私は知っているのよ」とほくそ笑んだりしたことがあったなあと(笑)。

── 近藤さんのツイッターをフォローしているんですが、手料理の献立のつぶやきとかすごくおいしそうで。ビストロ『パ・マル』シリーズやその他の作品でも、お料理の描写がすごくおいしそうです。

近藤 それも結局は自分が好きなこと、つまり食いしん坊だからですかね。昔から食べ物描写がある物語を読むのも好きで、書くのもやっぱり好きなんです。自分がそそられるものじゃないとなかなかねちっこく表現できないですから。
「ダージリン急行」という映画、ご存じですか? 3兄弟がインドを旅する話で、途中まで列車旅行なので食堂車のシーンが出てくるんですね。でもなぜか、テーブルの上にあるはずの食べものは一切映らない。彼らが何か食べていることはわかるだけに、気になる人は多いはずなんです。インドを走っている列車の食堂車なんて、みんな何を食べるんだって思いません? たぶん監督は食には無関心なんですよ。だからスルーしてしまう。それが私にとっては衝撃的で!
たぶん、私自身も何かスルーしていることがあるはずなんです。たとえば情景描写とか容姿の描写を、私はそれほどしないんですね。こんな感じの人物ですよ、と最低限の情報は出しますが、そこから読む人が自由に想像してくれればそれが正解じゃないかと思っているので。でも、ある人たちからすれば、「なんでココを書かないの!?」って思われているのかもしれません。
というか、私の小説で食べ物の描写がていねいというのは、好き以外の理由もよくわかってるんです。筆が乗らないなあ、でも書かないとなあと思うと、つい登場人物に食べさせてしまう、あるいは犬を出してしまう。要は逃避ですね(笑)。

──『サクリファイス』にも、わりに食のシーンが登場しますね。選手たちにとては食事も仕事なんだと必死さが伝わってきます。

近藤 普通の人なら、食べたくないのに無理矢理食べるってありえないですよね。でも、選手たちは食べるのも仕事。食欲がなくても食べないとは言えない心理って、やっぱり興味があります。

── いろんな職業の人が登場する話題に戻りますと、変わった職業を探偵役に据えるのはミステリーとしてとても合理的ですね。そうした意外な視点から見ると、見慣れた日常も違う面が見えてくるのだなあと感心するんです。
ミステリー小説は、展開を予想しつつ読み進む人が多いと思いますが、私も先読みしていたことがいちいち外れるので、悔しいやら楽しいやら。

近藤  私は仰天のトリックを考えて書くミステリー作家ではなく、ホワイダニット(なぜ犯行に至ったか)にはこだわっている書き手だと思います。ミステリーが好きになった最初のきっかけは中井英夫の『虚無への供物』だったということもあり、最後の最後に見えてくる「犯人にはこんな動機があった、犯行にはこんな背景があった」という部分で読者をハッとさせたい、納得させたいという気持ちが強いんです。
『虚無への~』をお読みになったことがある方はわかると思うんですが、犯人の動機は、常識的に考えればわけがわからないですよね。でもその人の中ではちゃんと筋が通っていて犯行が救いになったとも言えます。この本の中で描かれる犯罪って、決して万人がそう考えるわけではないだろうと思います。それでも犯人にとっては唯一無二の救いの道筋で、そのためにやり遂げずにはいられなかった犯行です。いわばその人だけが抱える物語だからこそ説得力があるんじゃないかと思います。

── そこがホワイダニットの醍醐味だと。

近藤 私は恋愛ストーリーも書きますが、プライドを傷つけられた苛立ちや恋人を失うかも知れないという焦燥……恋愛に付随して湧いてくるゆがんだ感情を書きたいというところから入ってるので、手放しでハッピーエンドにはなりません。それでも登場人物の心情を緊密に捉えるのは面白いです。
ミステリーにおいても、現実的にはありえない動機であっても、にっちもさっちもいかない閉塞感に苛まれた犯人は、「こうするしかない」と犯行へ踏み出してしまう。その心理の綾を粘り強くことで「犯罪はよくないが、やってしまった動機はわからなくもない」と読者に理解してもらえるようであれば、読み物として成功なのかなと思います。
事件解読の鍵となる小さな知識やトリビアをうまく広げて、パーツをどう組み合わせるかでミステリーのけれんは出ると思う。ただ、それだけが私の目指す小説ではないですね。

── 逆に、書き手としてこれだけはやるまいと考えていることは何でしょう。

近藤 作者の倫理観とか哲学とか、「書き手はこう考えているのだな」というメッセージがあからさまにわかる作品ってありますね。自分が書くときはその押しつけにならないよう、独善的にならないように自戒しています。
むしろ、個人的にはイヤなやつだなあと思っている人物の善の部分を出すとか、それくらい距離を取らないと伝わらないものがある気がします。どうやっても共感できない犯人だとしても、肩入れするところはするという覚悟で書きます。

── 近藤さんが目指す最高の小説とは、どんなものですか。

近藤 地を這うようなリアルな物語もキライではないけれど、リアリティーはありながらどこか現実からふわりと浮き上がっているような夢というか希望の部分は欲しい。人間のどろどろした感情を引っ張り出して書きたいというのが原点ですが、さまざまなジャンルを書くにつれ、軽やかで後味よくまとめることもできるようになりました。心理のひだを書くということを続けながら、キレイゴトかもしれませんが、フィクションゆえの飛翔がある小説が書きたいですね。

── ありがとうございました。
(2011年6月27日 新潮社にて)

近藤史恵 こんどう・ふみえ
1969年大阪生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。1993年、『凍える島』で、第4回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。2008年には、『サクリファイス』で、第10回大藪春彦賞を受賞し、同作は第5回本屋大賞第2位にも選ばれた



インタビューで紹介されている本

『カナリヤは眠れない』
近藤史恵
祥伝社ノン・ポシェット小説] [ミステリー] 国内
1999.07  版型:文庫 ISBN:4396327013
価格:650円(税込)
『天使はモップを持って』
近藤史恵
文藝春秋文春文庫小説] [ミステリー] 国内
2006.06  版型:文庫 ISBN:4167716011
価格:690円(税込)

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