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著書刊行100冊突破記念!!『濃縮四方田』
ザ・ベリーベスト・オブ・四方田犬彦

―― 古典足りうるものという。

四方田 そう。というのも、エドワード・サイードに私は教わりましたが、最後の5年間、彼はひたすら同じ事を繰り返しているわけです。テーマは「イスラエルの占領はいけない。パレスチナは独立ではなく、解放されなければならない」。ひたすらそれです。「オスロ合意は間違いだった」。イントネーションを少しずつ変えながら、色々なメディアに色々な言葉で、ひたすら単純なメッセージを書いている。80年代には、非常に陰影に富んだものを書いていましたが、晩年の5年間は、とにかく単純なメッセージでいいから、世界中の1人でも多くの人に知ってもらいたいと。声を枯らして同じ事をずっと言う。
論文の密度は、こう言っては失礼だが落ちています。継続的な読者には「また先生、同じ事を書いている」と言われる。ところが、サイードにとってはメッセージの相手がその都度違うわけです。言う先々で言葉が消えていくむなしさの中で、それでも言いたいと。
最後、白血病の中で、もう長い文章を書けなくなった時にサイードが何をしたかというと、本の推薦文を書く、ということをする。1行とかね。彼は、パレスチナの本について自分がなにか少し書いたら、自分の名前によってその本が売れるということをちゃんと知っています。彼の許にいろいろな人から本が持ち込まれる。80歳くらいのおじいさんが、50年ぶりくらいに生まれ故郷のパレスチナの村に戻って、その村のことをコツコツ書いた。聞き書きもした。そういう原稿が持ち込まれる。一生に一度、孫のためにも本を残したいと。その本にサイードは、「すごい感激した。みんな読んでくれ」と書く。それで出版が可能になるんです。その1行がなかったら、誰も読まない本かもしれないのに。
果たしてこれは売文行為なのか。サイードという権威に寄りかかった安易な行為なのか。私は違うと思います。「とにかくこの著者の書いていることを、オレの心だと思って読んでくれ」。そういうことを死ぬまで繰り返し叫んで、それで死んだ。この場合、「いつも同じことをやっているじゃないか」「マンネリだ」という批判は成り立たないのです。とにかく誰かがいつも同じ事を叫び続けていないとつぶされちゃう、という状況ですから。

アジアと韓国と日本の地政学が、大きく変わった。だからまた書く

四方田 私は、今、物書きは非常に難しい状況にあると思います。自分の信念をずっと叫んでいないと、消費社会の中でつぶされてしまう。そういう意味で90年代以降、私も変わってきたと思います。もちろん、書きたいことはいくらでもあるし、できるだけ同じことは書きたくないけれど、頼みに来る人は同じ事を書いてくれというんですね。
そもそも私が書き始めた頃と比べて、状況がまったく違ってしまいました。アジアと韓国と日本の地政学が大きく変わった。それにあわせて発言しなきゃいけなくなったということがあります。具体的に言いますと、私は70年代に軍事独裁政権下の韓国に行って、日本的なものは一切禁止、という環境の中で過ごすわけです。彼らは日本人のことを何も知らない。「日本人は下駄を履いている。ということは足の指は2本しかないのか」などと平気で聞いてくる時代です。日本人も韓国をまるで知らなくて、「韓国にロックとかあるんですか?」などと言う人間がいた。ところがいまはぜんぜん違います。ソウルオリンピックがあり、サッカーのワールドカップがあり、ヨン様、韓流ブームを経て、韓国のいたるところに日本語の看板があり、日本語学科は大手を振っています。日本は日本で、JRの駅などにハングル表記がされるようになり、普通にそのへんの町の不動産屋のおばさんが「こないだ韓国に旅行に行って、いまハングル習ってるのよ」という時代になった。
私が韓国から日本に戻ってきた時には、「どうして日本では韓国というと政治の話しかしないんだ。音楽も映画も、サブカルチャーもいろいろある」と、そういう話をしたら、「ふざけている」と非難されたものです。「植民地支配の長い歴史を無視して、サブカルチャーとは何事か」と。私は、「サブカルチャーを知らないかぎりその国の人間の心はわからない」と反論したことがあります。逆に今は韓国のサブカルチャーは蔓延している。ここ(明治学院大学)の生協にだってチゲ鍋があります。サブカルチャーはあるけれど、今度は逆に韓国と日本の歴史的な経緯が見えなくなっている。

だから私は、今度は逆の立場になったわけです。学生たちがやってきて「先生、ソウルでいい冷麺屋があったら教えてください」なんて聞いてくる。それもいいけど、まず韓国と日本のあいだに1910年に何があったのか、そういうことを勉強してから行け、というようになりました。
そのいっぽうで、少なくとも私より前の世代には、「絶対に韓国には行かない」という人たちがいましたね。韓国に対して日本は非常に悪いことをしたから、罪障の意味で行かないと。私はそれは知的怠惰だと思います。観念の中で、あなたは韓国を回避したいだけだ。自分の図式の中で解決できないものを避けておきたいだけ。今の子にそれはない。だけどぼくは若い子たちに、旅行をする時に、枠組みを持ってないとダメだよ、ということは言います。アジアや韓国に対する私の態度は、いまや啓蒙の段階を超えて、むしろ深さ、時間軸の中で捉えてほしい、というふうになっていると思います。

四方田犬彦 よもた・いぬひこ
1953年兵庫県西宮市生まれ。東京大学大学院文学研究科比較文学科修了。その後、ソウルの建国大学、ニューヨークのコロンビア大学、イタリアのボローニャ大学等で客員教授、客員研究員を務める。現在、明治学院大学教授。
1980年代、『リュミエールの閾―映画への漸進的欲望 エピステーメー叢書』(朝日出版社、1980年)、『映像の招喚―エッセ・シネマトグラフィック』(青土社、1983年)、『クリティック』(冬樹社、1984年)、『映像要理 週刊本〈10〉』(朝日出版社、1984年)、『人それを映画と呼ぶ』(フイルムア-ト、1984年)、『電撃フランク・チキンズ』(平岡正明との共著、朝日出版社、1985年)……と続々と刊行。
2008~2009年に限っても『往復書簡 いつも香港を見つめて』(也斯との共著、池上貞子訳、岩波書店、2008年)、『四方田犬彦の引っ越し人生』(交通新聞社、2008年)、『ハイスクール1968』(新潮社、2004年刊行の文庫化)、『大島渚著作集 第1巻 わが怒り、わが悲しみ』(大島渚著、四方田犬彦・平沢剛 編、現代思潮新社、2008年)、『大島渚著作集 第2巻 敗者は映像をもたず』(同、現代思潮新社、2008年)、『日中映画論』(四方田犬彦・倪震 著、阿部範之 他訳、作品社、2008年)、『日本の書物への感謝』(岩波書店、2008年)、『大島渚著作集 第3巻 わが映画を解体する』(同、現代思潮新社、2009年)と執筆の勢いはまったく衰えず、『濃縮四方田 The Greatest Hits of Yomota Inuhiko』(彩流社、2009年)が記念すべきちょうど100冊目となる 。

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