── いまお話しいただいたように、何か心に引っかかるものがあって書き出すことが多いんでしょうか?
宮下 はい。創作スタイルというほど大げさなものではありませんが、日常のふとした疑問や、そのとき心に上ったことが出発点になります。
たとえば「うなぎを追いかけた男」では、子どもたちに読み聞かせをしていて、うなぎの産卵やふ化については謎が多く、産卵場所などもまだ見つかっていないという事実にとても驚かされたのが発端です。福音館書店の子ども向けの月刊誌「たくさんのふしぎ」シリーズ『うなぎのふるさとを探して』という号だったと思います。
── 養殖うなぎは、シラスウナギを採捕して食用のサイズまで育てるらしいですね。
宮下 私も初めて知ったんです。うなぎの卵が発見されていないなんて。うなぎの生態をほとんど知らないままに養殖して食べている人間の大雑把さがおかしく感じられ、反対に、どこで生まれどこで死んでいくのかさえ、一切見せないうなぎのほうがずっと繊細に思えたというか。その後しばらく、うなぎの生まれてから死ぬまでの旅を想像しているうちに、物語が膨らみました。
「うなぎを追いかけた男」の舞台は病院なんですが、それは人が生まれて死ぬところだからです。うなぎの一生と人間の一生は大きく違うようでいて、ただ生まれ、繁殖し、死んでいくという意味では平等です。何となく、両者が二重写しに感じられたのです。
構想の最初の段階では、ひとりは身寄りを亡くした孤独な老人、もうひとりは子や孫らに囲まれてにぎやかな余生という対極の設定にするつもりだったのですが、書いているうちに分量オーバーになってしまい……。一篇につき25枚という制約に収めるため、最初のアイデアをずいぶんシンプルにしました。
── 同じ病室にいるわがまま患者の高田さんと、温和なうなぎの元研究者、濱岡さん。そんな対照的なふたりの患者と、関わることになった女性看護士、蔵原さんとの掛け合いが微笑ましいです。
この作品に登場する人物には、高田さんや蔵原さん、あるいは蔵原姉妹の妹の方、佐和子もいます。このお話では姉をいらいらさせる同居中の妹ですが、本書に収められた別の作品では、気だてのよさを見せています。
あるいは、「アンデスの声」に出てきた瑞穂の生まれ故郷が、「秋の転校生」ではメインの舞台になるとか。各編に、人物リンクや土地のリンクが巧みに仕掛けられているのも面白いです。
宮下 最初はまったくの読み切りで連作にするつもりだったんです。でも、短い物語が終わってみると、そのつど主人公たちに愛着がわいてしまい、書き足りない感じがしたんです。ある物語の脇役だった人が別の物語では主役で出てくるなど、私も何度か再会できてうれしかったですね。
──同じ人物でも作品によって光の当たり方が違うので、まったく違う一面が見えてきたり。人物像が立体的になりますよね。
── 『遠くの声に耳を澄ませて』に限らず、宮下さんの書く小説は、ルーティーンの日常や仕事のプレッシャーなどに倦み、押し潰されそうになっている主人公たちが、ふとした出来事によって自分の大切なものに気づく、という展開が多いと思います。
宮下 なるほど、言われてみれば。自分ではあまり意識していませんでしたが、そうかもしれません。この本の帯文にも<小さな「気づき」の瞬間>とありますしね(笑)。
── 意識していらっしゃらなかったというのは意外でした。むしろ、その部分を軸に、ストーリーを組み立てていらっしゃるのだろうと思っていたので。
宮下 いえ、私の場合はプロットなどは練らず、たいていは物語の明確な流れが決まっていないいうちに、ぼんやりと頭に浮かんでいる物語の端緒をつかまえて書き始めてしまいます。なので、最初はどこからどうはじまるのがいちばんいいのかつかめないままなんですね。そして、書きたいことが書けたと思った瞬間に、どう終わるか意識し始めてエンディングにつなげていく。そういう意味では、効率が悪いんですよ。なかなか書きたいところにたどりつけなかったり、書き始めたもののすっかり使えなくなったりということがしばしばあります。
連載は、枚数の確たる制約があったので、いちばん書きたいところに迫る形で、余分をどんどん削っていきました。いわば物語のキモの部分を初めからぎゅっとつかんで書き出せればいいのですが、私の場合は書き始めてからもはっきりとはわからず、書き進めていくうちに、「ああ、これだったんだ、ここを書きたかったんだ」とわかる感じです。
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