――スプラッタとはちょっと違いますけど、ジャック・ケッチャムだとか、ジョン・ソールのような作品が1980年代以降にたくさん出ました。ああいうものはお好みではないですか。
恩田 ジョン・ソールとかは結構好きなんですけど、あっちにいくとなんか生理的嫌悪感とか、別のほうにいってしまうので。趣向としては面白いんですけど、本当に好きなのはこれじゃないなって思うんです。80年代以降はホラーがエンターテインメントになってしまったんですよね。面白いけど恐くないっていう印象なんですよ、モダンホラーって。だから本当にゴーストを感じさせるものっていうと、モダンホラー以前のものになってしまう。
――ゴーストストーリーは第一義として恐いものということですか。
恩田 なんていうんでしょうねえ。でもゴーストストーリーはゴーストストーリーとしか言いようがないもので、モダンホラーはゴーストストーリーではないなっていう。ピーター・ストラウブの『ゴースト・ストーリー』なんかは好きでしたけど。ゴーストストーリーとしか呼びようがないものはやっぱりそれ以前に書かれた作品なんじゃないかなあと思います。
――境目は、やはりスティーヴン・キングの『シャイニング』くらいですか。
恩田 ですよね。あの作品が本当に分かれ目だったんじゃないかと思います。モダンホラーになってからホラーは本当に細分化しちゃって、サイコものというような分類もできました。でも『シャイニング』までの作品は未分化で、大括りのゴーストストーリーで通じるジャンルがあると思うんです。
――もっと未分化で、得体の知れないようなものを扱った小説が、恩田さんの言われるゴーストストーリーなんですね。ちなみに今からゴーストストーリーを読む方にお薦めするとしたら、どんな作品がいいでしょう。少し題名を挙げていただけますか。
恩田 デュ=モーリア『レベッカ』とアガサ・クリスティー『スリーピング・マーダー』は絶対ですね。あとは、今は『丘の屋敷』という題名になってしまっているシャーリイ・ジャクスン『山荘綺談』ですね。もう一作いれるとしたら、今題名が出たスティーヴン・キング『シャイニング』でどうでしょう。
――ありがとうございます。そういえば、英国の古い屋敷はどこも幽霊屋敷だと言われるくらい屋敷と幽霊というのが文化として結びついているわけですが、『私の家では何も起こらない』ですごく面白かったのは、恐いはずの話がだんだん懐かしさの話になっていくという点でした。このへんは単に郷愁を誘う物語ということではなくて、恩田さんにとっては幽霊屋敷小説が読書の記憶と密接に結びついているために、過去の作品に対する尊崇の念のようなものが作中に立ち上ってきているのかな、と思うんです。
恩田 書いていくうちに、幽霊屋敷って結局何なんだろうなと考えるようになったんです。それで、どうして幽霊屋敷ができるんだろうか、という私の考えを最後に書いてみようかと考えました。
――単行本で書き下ろされた「附記・われらの時代」ですね。
恩田 そうです。レヴィ・ストロース追悼記念って書いてみたくて(笑)。人間が主観的な生き物であるならば世界も主観的な世界になる。その主観そのものが幽霊屋敷なんじゃないかって考えたので最後書いてみたんです。
――最初の作品がOという作家の家に男が訪ねてくるところから始まりますから、最後がOに関する回想でしめくくるというのは綺麗な円環になっていますね。題名が「われら」なのは、各作品が「私」「我々」「あたしたち」というように人称の入った題名がつけられているのに呼応しているわけですか。
恩田 章立てを人称にするっていうのは最初から決めていたので、最後にくるのは誰だろうって思って、われらにしたんですね。
――われらって誰なんだ、というのがその書き下ろし短篇の中核にあります。全体をしめくくる話としてはふさわしい内容ですよね。
恩田 はい、内田善美『星の時計のリデル』の影響もかなり入っています。
――ところで、建築物に対する関心というのは恩田さんの中ではどの程度大きなものなのでしょうか?
恩田 建築学的なことはわかりませんけど、建造物って夢を形にしたものですから、ある意味すごいグロテスクなものだと感じるんです。目に見えるものを作ってしまうというところに、狂気というか不遜というか、いびつさを感じるんですよね。だからイメージとして妄想を形にしたっていう意味で、建築にはすごい興味がありますね。それこそ教会もそうです。ゴシック建築の尖塔は、とにかく上に上に、主の元に近づかんっていうのでどんどん高くなっていく。そういうところに興味があるわけです。
――妄想の具現物としての建物ということですね。
恩田 学術的なことはわからないですけど、建築に関する本を読むのはすごい好きです。
――作品の背景についてもう少しお聞きしたいんですが、この作品集に入っているお話は、それぞれの時代みたいなものってなんとなく想定されていますか。
恩田 それこそ漠然とですけど、19世紀から20世紀にかけて、というイメージです。
――「私は風の音に耳を澄ます」にはヴィクトリア朝の雰囲気がありますね。だいたい百二、三十年前か。その長きにわたって、大勢の住人が屋敷に住んで。
恩田 入れ替わり立ち替わり死んで、どんどん幽霊が増えていくという(笑)。
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