7月17日(木)
「日本では世界最大の文学者の一人といわれているドストエフスキーだが、はたして本国ロシアでは、ちゃんと評価されているんだろうか。そもそも、みんな彼の作品を読んでいるんだろうか?」。
そんな素朴な疑問がふと浮かんだので、先日、仕事先のNa氏にその旨、聞いてみた。彼の奥さんはロシア人なので、なんか知っているだろうと踏んだのである。
そしたら、Na氏「ロシアの人に直接聞けば? ウチの奥さん、いま避暑でロシアに帰っているからダメなんだけど、ほかのロシア人、紹介してあげようか?」という大胆な発言を返してきた。ひぇー!(うれしさとおののきの悲鳴)
というわけで、本日は、Na氏の仲介により、初対面のロシアの人と小一時間ほどの会見が実現。本場のドストエフスキー観に触れられる絶好の機会となった。
待ち合わせのカフェに現れたのは、とびきり麗しい女性ヴィクトリア・シパコフスカヤさん。ロシアの極東国立工科大学で社会言語学を学び、その後大阪外語大学で博士号を取得した才媛で、現在、東京の証券会社にお勤めとのことだった(しかも独身!)。
こちらは、彼女の美貌にのぼせ上がって、お茶をもつ手を震わせながら、お話を聞く格好となった。
ただ、聞きたい話はちゃんと聞けた。短い時間にもかかわらず、へえって思える面白話がいっぱい。少々長くなるので、本日の前編と後日の後編のわたってお届けすることにする。
――えーっと、あのお、単刀直入にお伺いしますけど、ロシアではドストエフスキーの作品って、広く読まれているんでしょうか?
「はい、もちろんなんですね。私、ソ連時代の中学生(日本の学制でいう中学生)時代に、必修プログラムとして『罪と罰』を読まされたことありますね。つまり、ドストエフスキーはロシアの基礎教養として、みんな必ず一度は学校で読まされるんですね。いまのロシアのことは詳しく知りませんけれど、おそらく、そうなっていると思いますね」
――『罪と罰』が中学の必修科目ですか!? そりゃすごい。でも、若いのにわかるんでしょうか、あの難解な小説が。
「そうですね、難しいですね。文章が複雑で、イデオロギーいっぱいですからね。私も、必修科目だったから、仕方なく読んだんですね。本当は読みたくないと思いましたね(笑)」
――ああ、やっぱり、そうなんだ。
「それに彼の小説、暗いでしょ? 明るく楽しいことを求めている思春期の学生には、向かない内容じゃないかと思いますね。いまの私の歳ぐらいになれば、いいと思いますけれど」
――ヴィクトリアさん、そのとき読んだのは『罪と罰』だけですか?
「いいえ、『イディオート(白痴)』も読みましたね。あれは、『罪と罰』よりずっと面白いと思いましたね」
――『カラマーゾフの兄弟』は読まなかったんですか?
「恥ずかしながら、読もうとしたけど、挫折しました(苦笑)。……ただ、ロシアの名誉のためにいっておくと、私、ダメな学生だったから読めなかっただけで、周りの学生で読んでいる人はいっぱいいましたね」
――再度トライしてみたいと思いますか?
「はい、ぜひ読みたいですね。じつは私、大学院でミハイル・バフチンの理論を研究したんですが、彼がドストエフスキーの小説を言葉のポリフォニー、つまり複数のヴォイスによって成り立っているものとして解説しているんです。だから、その代表作である『カラマーゾフの兄弟』には、もう一度トライしてみたいんですね」
――ところで、日本では『カラマーゾフの兄弟』って、世界最高峰の文学作品っていわれているんですが、ロシアでは、そのへん、どうなんでしょうか?
「ロシアでは、カール・マルクスの『資本論』がナンバーワンの評価でしょうね。……まあ、これは冗談ですけどね、フフフ。えーっと、そうですね、『カラマーゾフの兄弟』は、最近映画にもなっていたりしており、クラシックのなかの代表作の一つとして認識されているのはまちがいないところですね。ただ、ロシアには、ドストエフスキーだけじゃなく、トルストイ、チェーホフ、プーシキンなど、文豪がいっぱいいて、だれのどの作品がナンバーワンかをいうのはちょっと難しい。ドストエフスキーがナンバーワンとの共通認識があるかというと、ないといっていいでしょうね。それらの文豪たちは同列に見られています」
後編のインタビューは、『カラマーゾフの兄弟』のなかで気になっていたロシア人気質などについて聞いている。どうぞお楽しみに!
ちなみに、本日の読書は臨時休業なり。
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