イザベル・アジェンデの作品をデビュー作から順に読んでゆくと、才気あふれる幻想的現代文学の作家のなかから、抜群の才能のエンターティンメント作家が誕生してゆく、その軌跡を、見るおもいがする。変化は突然ではなく、段階的である。むろん彼女の実人生の体験と関係があるだろう。いずれにせよ、気がついたら、作品の立ち位置は大きく変わっていた。そのつど彼女は、なにを選び、なにを捨て、表現のなかの、なにを強調してきただろう?
イザベル・アジェンデは、どこから来て、どこへ行こうとしてるだろう?
イザベル・アジェンデのデビュー作『精霊たちの家』(1982年)をおもいだしてみよう。家族の歴史と、チリの不安定な歴史とその転覆について、幻想も現実も溶け合わせる書き方で書かれていた。緑色の髪の美少女も、空中を飛ぶことも現実のなかに溶け合い、さまざまな運命が奇想天外に結びつき、それがチリの百年史を裏書きしてゆく。彼女の叙述は詩の力を宿し、自在さとぎこちなさが同居し、それであってなおものすごい才能を感じさせた。
彼女の語り部としての才能は、『エバ・ルーナ』(原著1987年)および、『エバ・ルーナのお話』(原著1989年)でのびやかに開花する。なにか過剰なものを抱え込んでしまった人間たちの、数奇な、奇想天外な運命を、彼女は、詩的表現力に満ちた語り口で、語っていった。リアリズムと幻想の結婚がそこにあった。
不意を突くように現れたのが『パウラ、水泡なすもろき命』(原著1995年)だった。『パウラ』は、彼女の人生に不意に襲いかかった受難とともに執筆され始めたものだ。それというのも、彼女の娘が、結婚したばかりの28歳で、ポルフィリン症という遺伝病を発症し、昏睡状態に陥ってしまったのだ。
イザベル・アジェンデは、失意のなかで気丈にも、娘が目を覚ますときのために祖母、母、娘三代にわたる物語を書き始める。ある部分は『精霊たちの家』と重なりながら、ときに同じ語り口で、またときに事実を打ち明けるように。
ところが、その物語の半ばで、イザベル・アジェンデは知る、娘の病がもはや決して回復しないどころか、死へと向かっていることを。彼女は混乱と絶望のなかで、それでも一族の物語を書き続け、自分自身の人生を語り始める。語りの調子が微妙に変わってゆく。クーデター、亡命、執筆、離婚、再婚。あらいざらい吐き出すように。
彼女が書き続けるなか、パウラは、死に向かってゆく。現実には希望はまったくない。しかし物語は、物語の力で死に行く娘を霊的な輝きに包んでゆく。そう、霊的な輝きに包んでゆく。
辛かったろうな、とおもう。燃え落ちる夕日を見ても、精神が崩れ落ちそうになったろう。彼女の精神の乗り越えをむろん読者はよろこぶ。『パウラ』を書くことで、おそらくイザベル・アジェンデはともすれば錯乱してしまいそうな精神をなんとか保ち、生き延びたに違いない。
ただし、あのときからイザベル・アジャンデは、おもいがけず、精神世界の伝道者としての顔も持ち始めたのではなかったか。そう、彼女の作品のなかに、おもいがけず、「シャーリー・マクレーン」が生まれていた。