岡崎京子原作、蜷川実花監督、沢尻エリカ主演の映画『ヘルタースケルター』が公開された。これに合わせる形で出版された本は何冊かあるが、本書はもっとも岡崎京子本人に近い <公式な私家版>というべきニュアンスのものだ。まえがきには出版の経緯とともにこう書かれている。
「今夏公開の原作映画『ヘルタースケルター』を観て、他の作品を読んでみようと思う方もいるでしょう。そんな『新しい読者』にも、古びることなく、いつの時代にも新鮮、かつ前衛であり続ける岡崎ワールドの魅力を感じてもらえる“水先案内本”になればうれしい限りです」
映画『ヘルタースケルター』は1995年から1996年にかけて連載された原作のディテールを最大限に生かしながら、リアルタイムのファッション映画へと昇華させた。沢尻エリカ演じるりりこの仕事の現場は、現実の仕事のドキュメンタリーであり、そこで撮影された「VOGUE girl」の表紙や「PARCOグランバザール」の広告が、今まさに同時進行で街を飾っている事実に驚く。「映画というより事件」のキャッチコピー通り、映画メディアにおける「前代未聞の最速」を実現してしまったのだ。
映画が女性主導のアグレッシブなコラボ作品であるのとは対照的に、増渕俊之(岡崎京子の作品集などを担当してきた編集者)と岡崎忠(岡崎京子の弟)のコラボである本書はナイーブな印象を放つ。1996年の事故以降、休筆している岡崎京子がこんな男たちに守られているのだと知れば、私たちも彼女の復帰を安心して待ち望むことができる。
編者の厳しい批評眼と思い入れが交錯する「全単行本解説」は、とりわけ読みごたえがあって楽しい。
「何が起きたか知らないが、天下に輝く物語というものはこんな具合にあっさりと始まっていくものなのかもしれない」(リバーズ・エッジ)
「岡崎のご家族と編集部で決めたという書名にもつらいものを感じる」(UNTITLED)
「連載時と異なるラストの1コマを見て涙を流さないやつを、わたしは一生信用しない」(うたかたの日々)
吉本ばななとの対談(1991)における、岡崎京子のレアな発言も必読だ。
「漫画に男の子をださなきゃいけないでしょ。でも、そのセリフとか書いてるとき、徹底的に私はなにかがダメだ、と思う」
「男の子に読まれると恥ずかしい。そんなことねえよ、とか言われるのが嫌で」
「男の人に対する女の人のロマンを反映しすぎちゃうのって男の人に悪いかな、と思って。いつも悩んでる」
1982年ごろ、同人誌に掲載された6頁(本書では3頁)の短編『SEX ON THE CARPET!』は、処女作ともいえる位置づけでありながら、岡崎京子の真骨頂。フィリップ・ガレルの美しさでボルヘスしちゃってる玉稿だ。
愛と勘違いしやすいものを排除したとき、男女の行為はどうなるのか。女は一般に、温もりや温もりを感じさせる言葉をほしがると思われているふしがあるが、そういうものは逆に女を混乱させる。男がこの作品を読めば「そんなことねえよ」と言い、温もりのない行為なんて後ろめたい、と考えるかもしれない。じゃあ何もいらないかというと、そうじゃない。ステレオタイプを排除して、はじめて本当に必要なものがわかるってことなのだ。暑苦しいこと、美しくないこと、気分をぶちこわすこと、相手が最も言ってほしくないことを言わないこと、言わせないこと。会話は最小限に抑え、直感をシンクロさせること。言葉で何かを共有しているなんて錯覚を起こしたら最悪だから、口説きや説教なんてもってのほか。世界はピュアなあらすじで出来ている。その他はすべて二次的なことなんだ、きっと。
本書を片手に、岡崎京子のあらすじへの旅に出たい。