「ねえマコちゃん、わたし、離婚した方がいいのかな」
と、のゆりさんが言うけれど、でも、真人(まこと)さんは答えない。そのかわりにぽつりと・・・「風花っていうんだっけ、こういうの」
かざはな、そう、まるで空気よりも軽いものであるかのように、なかなか地面には落ちずに粉雪が中空をただよっていて。
のゆりさんは言う、
「ムードたっぷりすぎるよ、今のわたしには、これ」
「しまった、場所の選択をまちがったか」
「いい、もうわたし酔っちゃうから、状況に」
のゆりさんはうちあける、「出来の悪いドラマみたいだったよ」
それを受けて真人さんは言う、「そういうのって、ほんとに世の中にあるんだねぇ」
実はこの場面に先立ってのゆりさんは匿名電話で知らされているんです、夫の卓哉さんが三年まえから同僚の里美さんと恋愛していることを。のゆりさんはその電話がかかってきた日、迷ったあげく、(迷ったあげく!)黙っていることもできず、けっきょく、夫の卓哉さんにその匿名電話を報告した。さぁ、そこからがこの物語のはじまりなんだけれど・・・。
と同時に、さぁ、いまからはじまらんとする三角関係の物語に水をさす人もまたいて。
そう、真人さんは、そっと言い添える、「ゆりちゃんて、女としてだめなとこがあるよね」
うん、と、のゆりさんは素直に頷く。
おぉ、ここでこのせりふを言える真人さんもすごいけれど、同時に、素直に頷くのゆりさんもまた、いじらしい。そう、のゆりさんは、すっかりうちひしがれていて。それはそうだろうなぁ、だって、のゆりさん、その匿名電話がかかってきた話を(意をけっして)夫の卓哉さんにすると、卓哉さんは、なんと、里美さんとの関係をまったく否定せず、それどころかのゆりさんとの離婚の意向までほのめかしたのだもの。しかも翌日、のゆりさんに里美さんから電話がかかってきて、のゆりさんは(やはり意をけっして)彼女に会いに行く。里美さんは言った、卓哉のことは好きだけれど、卓哉とのゆりの離婚を望んでいるわけでもないし、たとえ離婚しても卓哉と結婚する意志はない、どうしてものゆりさんが卓哉と別れさせたいというのならそれも可能だけれど、ただし、いくばくかの時間が必要である。(じつにね、てきぱきしているんですよ、里美さんって、自分の恋愛を、実務的に語ることさえできる。)
のゆりさんの失意が見えるよう。ふつうならここでだんなさんと愛人と奥さんの三人のあいだで戦争がはじまるもの。ところが、この小説は、違う。夫に浮気されちゃった奥さんであるのゆりさんは、なんと、叔父さん(ただし、年齢が近いからはんぶん兄のような存在の)マコちゃんと一緒に、東北新幹線に乗って、花巻の温泉に来ちゃっていて。なんでそうなるの? たぶんね、のゆりさんは真人さんに愚痴を聞いて欲しかったし、相談に乗ってほしかったんでしょう。ただし、なんだかちょっと怪しい予感。だって、ふたりはこんな会話を交わしてて、「こうやってると、わたしたち、夫婦みたいだね」「夫婦じゃ、つまらないなあ」「じゃ、不倫?」「それもありふれてるな」