こんなに味わい深い絵本があるだろうか。
読後、そう思ってしまうほど、短いセンテンスのひとつひとつが、たった16だけの場面一枚一枚が、研ぎ澄まされていて、かつ包み込むような温かさがある。
雨上がりの匂いがする夜の池。
『よあけまえの あたりは まだ まっくらじゃ。ときたま、よぞらを よこぎる ながれぼしの チカッという ほそいあかりが、たんぼのみずに とびこんでくる』
かえるのじいさまが、風呂にでもつかるように、満足そうに目を細めて水面から顔を出している。
『いい みずかげん じゃのう』
昔話でも始まりそうなゆったりとした語り口調。それに見事にぴったりな素朴で温かい水彩画。
読者は、いつのまにか、かえるのじいさまの心持ちになって、『ひるま くったもの』などを静かに思いだしてみる。そのときは、まだ、【いのち】を食っていることなど気づきもしないで。
そこに、蚊のなくような声で、じいさまを呼ぶ声。
あめんぼ・おはなの登場。市原悦子の昔話の声が聞こえてきそうだ。『あめんぼおはな』は、赤い着物をきている。あめんぼだから小さくて折れそうな細い足。はかなげなおはなは、涙をこぼしてお願いする。
『とうさん かあさんに あわせてください』
おはなの両親あめんぼは、昼間、かえるのじいさまに食われてしまったのだ。
もう会わせられない、おまえも食ってしまうぞ、と脅かされると、おはなはきっぱりと言う。
『くってちょうだいな!とうさんと かあさんの そばにいきたいもの!』
このセリフには、かえるのじいさまと一緒に、ひどく驚いた。
『じいさまは おはなのなみだを みると ずーんと むねが おもたくなった。くわないでくれと なみだを ながされたことは あっても くってくれと たのまれたのは うまれて はじめてじゃったから』
大切なものを一瞬にして失ってしまった時、その裂かれるような痛みは計り知れない。まして、幼い者が頼れる者を突然失ってしまったら……。
小さなおはなが流した大粒の涙は、じいさまと私たちの心の池に、波紋をいつまでも作りつづける。
しかし、自然の摂理は時に残酷だ。生きるために、食う。食うから生きていけるのだ。
じいさまは、おはなに両親の思いを代弁する。それを聞いたおはなは、じいさまの大きく開けた口に向かって、ようやく呼びかける。
『しんぱいしないで、とうさん かあさん。おはなは げんきで いきていくから』
ふと、肉親を突然失った被災地の家族のことを思った。
余韻が残るラスト。しばらく静かにして、味わいたい。
夏休み、この絵本をテキストに、家族で「いのち」や「自然」について語り合ってみてはどうだろうか。幼年から大人まで、「いのち」について考える詩情豊かな絵本である。
作者の深山氏は、プロフィールに『子どもたちの心にほのぼの色の花を咲かせられるような情趣に富む作風を目指し』とある。
今回のこの作品にほのぼの色をさらに彩ったのは、『まいごのどんぐり』(童心社)で児童文芸新人賞を受賞した絵本作家の松成氏である。
確かに、文と絵が渾然一体となって、情趣に富む逸品を創りだしている。