著者、火坂雅志は、よく茶人を題材にして書いています。この『桂籠とその他の短篇』の中にも、利休に題を取った話しが二つあります。その一つが、表題の『桂籠』。そして、もう一つが、『利休燈籠斬り』であります。まずは、この二つの話しからご紹介いたします。
『桂籠(かつらかご)』は、後に国学四大人(たいじん)の一人として世に名を知られる若き日の荷田春満(かだのあずままろ)と、あの大石内蔵助が伏見稲荷で奇妙な出会いをするところから始まる物語です。
春満は、その当時、伏見稲荷の神官。稲荷に赤穂の塩の値が上がるようにと、真冬に素っ裸で願掛けをしている奇妙な男、浅野家の国家老大石に出会います。そして、話しをするうちに二人はお互いの才を認め合い、やがて歌会なども一緒にし、次第に友好を深めていくこととなるのです。時が移り、春満は、国学によって一家を成したいと江戸に下向。その江戸では豊富な学識に裏打ちされた春満の評判は鰻登り、色々な大名家や旗本の江戸屋敷に出入りするようになるのでありました。そう、あの吉良上野介の歌道指南役としても。この吉良の屋敷で出会ったのが、「桂籠」だったのであります。
「これはな、春満どの。かの利休居士がことのほか愛しておられた花入よ」
と吉良上野介。
「利休居士とは、あの千利休のことでございますか」
「申すまでもなし。どうやらそなたは、この花入が気に入ったようじゃな」
「これだけの品格のある花入、利休居士がさぞや名のある細工師に命じて作らせたものでございましょうな」
「さにあらず、じつはこの花入、もとをたどれば川漁師が使う、ただの魚籠(びく)であったのじゃ」
「魚籠でございますと」
「さよう。あるとき利休居士が、京の桂川に遊山にまいられた。そのおり、鮎捕りの漁師が腰につけていた魚籠の美しさに目を止められ、いくばくかの金銭と引きかえに手に入れたのが、この名物桂籠の花入というわけだ」
それを吉良は、八百両で、茶人・山田宗偏から懇望して手に入れたのだという。
一度見た時から、この「桂籠」の美しさが一時も忘れられなくなる春満。そして、浅野内匠頭の刃傷、お家断絶により討ち入りを覚悟し、吉良邸の内情を是が非でも探りたいという大石。この二人の思惑と友情に、利休縁(ゆかり)の名物「桂籠」が絡み、あの元禄十五年十二月十五日早暁の討ち入りを迎えるという異色忠臣蔵の一篇なのであります。
もう一作の『利休燈籠斬り』は、ストイックなまでの美の探究者千利休の晩年を描いた艶冶な物語です。この物語には、利休を親の敵と狙うお怨(えん)という美女が登場してきます。
ことの発端は、一振りの名刀から。その刀は、利休出入りの古道具屋、丁字屋宗意(ちょうじやそうい)が持ち込んだもので、関白秀吉の刀狩りで集められたうちの一振り。あまりにも惜しい逸品なので刀狩り奉行のひとりが横流しした曰く付きの刀だったのです。平素、刀剣とは縁の薄い茶人の利休でも、思わず身のうちに震えがきそうな名刀で、銘はないが、刀の茎(なかご)に“月”と刻まれているという業物(世に、鉢割刀と呼ばれる、身につけた兜の鉢ごと敵の頭を断ち割るという剛刀)でした。