聖トリニアンズ学院は、寄宿舎制の女学校である。少女たちが着る制服は、エンブレムが入った黒いジャンパー・スカートに白いブラウス、黒と黄色のレジメンタル・タイ。帽子にはタイとお揃いの黒と黄色のリボンを巻き、黒いハイソックスをガーターで留めていてちょっと色っぽい。髪の長い娘の多くはリボンで髪を結っている。
麗しの英国寄宿舎の乙女たち……どんな美しい世界がそこに? なんて思ったら、大変なダメージを食らう。聖トリニアンズの女生徒たちは札付きの不良少女たち、というよりかはっきり言って悪魔なのである。スポーツ大会でライバルに薬を注射するなんて日常茶飯事、手荷物検査ではナイフや手榴弾がゴロゴロ見つかり、イジメや喧嘩はもはや殺人レベル、クリケットのバットを彼女たちに手渡すことは大殺戮を意味する。
日本ではアーウィン・ショウの『パリ・スケッチブック』の挿絵や『ワイン手帖』で知られる風刺画家、ロナルド・サールの一コマ漫画のシリーズに登場する女子学院である。生徒たちはみんなそばかすの浮いた頬と、凶暴な瞳をしている。真っ赤な唇と泣きぼくろがとりわけ色っぽい上級生のアンジェラ・ミナス、彼女がまた最凶なんだから恐れ入る。アンジェラに目をつけられたら、誰も暴力と死から逃れられない。聖トリニアンズ学院の少女たちは過激を通り越して猛毒、これに比べればフランスのジャン・ジャック・サンペが描いた『プチ・ニコラ』なんてごくフツーの悪ガキだった。
でもこの過激さが、少女たちのある本質を突いているようでもある。世の男性がお好きなはかなき美少女たちなんかより、聖トリニアンズ学院の生徒たちの方がずっと共感できる。むしろ小気味いい。
本国イギリスでもそう思っている人が多いのか、聖トリニアンズ学院は大人気だ。40年代に登場した彼女たちは早くも54年には実写映画になっている。それから映画化されること、実に六回。最新版は、07年の『ST.Trinian’s』。初期の映画シリーズで、男優が女装して校長を演じたのにならって、今回はなんとルパート・エヴェレットが女性の校長を演じている。コリン・ファース演じる父親の都合で、ヒロインが新しい学校に来てみるとそれが悪名高き聖トリニアンズ学院だった、というコメディである。しかし、散々な目に遭いながらも、最後にはヒロインも他の生徒たちと団結して、学院存続の危機の際には戦うのである。もちろん、色々と法律を破って。
共闘なんて聖トリニアンズに似合わない気もするが、こんなに勝手が出来る空間がなくなったら、少女たちは困るのだろう。だって、外の社会は理不尽なことばかり。少女らしい残酷さを発揮できるところなんてありゃしない。聖トリニアンズの因子を持つ小気味のいい少女たちのために、このじゃじゃ馬学院はまだまだ存続してもらわなければいけない。