県境で、余所の土地から良くないものが入らないように守りをしながら、ひっそりと暮らす、妖鬼の皐月に、村の大きな酒屋の主人が、頼みごとをしてきた。亡くなった妻の霊が、夏になると屏風に取り憑いてうるさく喋るので、話し相手になってほしいとうのだ。馬の首を寝床にする皐月は、大事な寝床(馬)を人(物)質に取られ、いやいやながら酒屋の屋敷に赴く。そこで待っていたのは、鮮やかな赤い屏風と、その中に佇む、えらく気風のいい、美しい女の幽霊だった。鬼である皐月を周りの人々はこわごわと遠巻きに見守るばかりだったが、この女の霊は、自身が霊のせいなのか、物怖じせず、硝子の煙管をふかしながら、皐月に鬼ならではの面白い話はないかとねだるのだった。酒を酌み交わし、意気投合する二人。やがて、屏風の女は皐月にある願い事をする――。
第15回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞したこの表題作は、異境の守り手・皐月を主人公に、あの世とこの世の境に現われた死んだ奥方との交流を描いた、境界線上の幻想怪異譚である。途中いくつもちりばめられる、皐月や奥方が見聞きした不思議なエピソードにどんどん引き込まれ、ずっとこの心地よい世界に浸っていたくなってしまう。
たとえば、冒頭「皐月はいつもうまの首の中で眠っている」ところからして可笑しい。皐月は、生きた馬の頭を胴体から外して、切り離した血まみれの首は脇に置き、胴に残った首の真っ赤な肉の中に包まれて眠る。気持ち悪くないのか、どんな生態なんだとツッコミたくなるのだが、その様子がなんとも温かく気持ち良さげ。皐月は、良く見ると額に小さな角があるのだが、それと目が緑色に光る以外は一見して無力な少女と変わらない。しかも小柄で、つぶらな瞳の持ち主らしい。そんな少女が血まみれの馬の首でぐうぐう寝ているのである。なんともシュール。本来ならばグロテスクで気分が悪くなりそうな場面も、心地よさというギャップを与え、それを繊細な筆致で描くことによって、独自の世界観に昇華しているのだ。ちなみに、馬の名前は「布団」。細かいところでも、ププっと笑ってしまう。
著者は、2006年に第4回ビーケーワン怪談大賞で佳作となり、そのときの原稿用紙2枚から研鑚を重ね、もう少し長いものをと挑戦したのが、本篇だという。
贈呈式での著者の受賞の言葉によれば、小さいときにオークランドに住んでいた(大学もオークランド工科大学卒)ときの外国人としての疎外感が、今回の作品に活かされたとのこと。異境側の者でありながら人間の中に入っていく皐月、あの世に召されながら屏風に現われる奥方。境界線上で、マイノリティとして存在する二人への著者の視線が優しく、どこか実感をともなっているのは、そのせいだったのかと膝を打った。
本書には、さらに2篇が書き下ろしで追加収録されている。
どちらも、「生き屏風」に魅せられてしまった読者には嬉しい、皐月の登場する、同じ世界の作品だ。
「猫雪」は、村の気ままな若旦那が縁側で寝転んでいると、猫がやってきたので、「猫になってみたいよ」と呼びかけたら、思いがけず猫が返事をして願いを叶えてくれる話。フッフッフ、でも猫になるのではないのだ。とてもとても幻想的で素敵なものになる。皐月のスイート・メモリーも有り。
「狐妖の宴」は、「生き屏風」「猫雪」で、男をたぶらかす美しい女の妖として語られた、狐妖が登場。皐月のもとに村娘が恋愛相談に訪れ、困った皐月が色恋沙汰に詳しい狐妖の銀華に話を振るという話。皐月の師匠の過去も語られる。
この3つの物語は、「生き屏風」が夏、「猫雪」が秋、「狐妖の宴」が春のもの。冬メインが残念ながらまだないのだが、各話の中のエピソード内には冬の話も出てくるので、季節がひとめぐりしたという寸法だ。夏には冷や、秋には熱燗、春にはままで、それぞれを季節を堪能しながら登場人(妖)物たちは酒を飲む。皐月と奥方が意気投合したのも、酒盛りがきっかけだった。そのあまりに楽しそうな飲みっぷりに、読者である人間の我々も、妖や小説という境界を越えて、深く共鳴してしまうのだ。