最初にお断りを。ちょっと長くなってしまいました。鋭く刈り込まれた、つるんと読めてしまう短いレビューをめざしたいのですけれど、ますます遠ざかってしまい……。よかったらお付き合いください。
ネットを揺るがす本である。梅田望夫さんの激賞などもあってか(やっぱりスゴい影響力だなあ)、Amazonでは一時、売り上げ1位に輝いた。Amazonであんまり売れてしまうのでリアル書店になかなか下りてこなかったが、ここへ来てドドッと平摘みされるようになっている。賛否両論。賛のほうはともかく、基本スタンスが「否」のほうのブロガーの人も、単に切って捨てるのではなく、理路整然と批判を展開したものも少なくなく、生産的な匂いがする。良いことである。そうでなくちゃ。
『日本語が亡びるとき』について語るにあたって、いつもお世話になっている古本の話から始めよう。あたらしい本も好きだが古い本も好きで、日常的に古本屋に通っている。それでも、世界最大の古書店街である東京の神田神保町などでは、いまだに入ったことのない店も存在する。
先日、そんな未知の店の一つに入ってみた。店が密集する靖国通りや白山通りから離れ、明大通りから少し細道に入ったビルの中にあるF書房である。ここは海外の翻訳文学の専門店。おそらく倉庫には原書もあるのだろうけれども店舗内はほぼ翻訳もので埋め尽くされ、英文学、米文学、仏文、独文、露文、イタリア…… 整然と分類され、きれいにパラフィンがけされた本は古くは明治、大正から戦前、戦後のものまで揃っている。さすが神保町。おそらく世界中どこを探しても、これだけ多種類の言語を日本語という「国語」に翻訳し、それらの本が読まれ、売り買いされ、古書として残っている国や地域は他にないだろう。
対して、どれほどの「日本文学」が国外へと「輸出」されたのか。ミシマだ、タニザキだ、ハルキ・ムラカミだと、あともう何本か指を屈すれば、日本文学に関心を持っている学生や研究者でもそこで止まってしまうはずである。そうなのだ。こと「文学」に関して、この国は圧倒的に「輸入超過」なのである。
と、いうような事情が、ある程度意識の中に重要な要素としてあるか否かによって、おそらく『日本語が亡びるとき』という本の読み方は変ってしまう。最初からネガティブなことを書くようだが、あきらかにこの本においては「文学」、もっとハッキリ言えば「日本近代文学」というものが、試金石であると同時に躓きの石になっているからである。
『日本語が亡びるとき』は、第一章、著者がアメリカ・アイオワ大学が主催するIWP(International Writing Program)に参加するため渡米するシーンから始まる。IWPとは、世界中から作家や詩人を招き、アメリカで大学生活を送りながら執筆や研究を続けてもらおうというプログラムで、生活費まで支給されるらしい。書き手にとっては至れり尽くせりのありがたい環境だが、ここで著者は「非英語圏」の作家たちの悲哀や屈折を直視することになる。ロシア語で会話のできる国同士の作家がバスで隣り合わせになったり、貧しい国の作家は支給される生活費の多くを本国の家族に仕送りし、切り詰めた食費で自炊をしたり。そして作家ならば当然、このような環境に放り込まれたら、どうしたって考えざるをえない、ある無慈悲な事実がある。英語で書く作家と、英語以外の言語で書く作家の、ケタ違いの読者数の差、である。
第一章に「シーン」という言葉を使ったのは、この章はほとんどエッセイ、どころか小説として読めるからである。二章の「パリでの話」もまだ「小説」の尻尾が残る。「パリでの話」というのは、極端に圧縮すれば、「かつて世界で最も尊敬されていた『国語』は英語ではない。ノン! それはフランス語である」という「話」なのだから。
そして第三章「地球のあちこちで<外の言葉>で書いていた人々」でようやく離陸する。このタイトルなど、それでもまだ小説っぽいというか、あたかも娘時代の面影のようなニュアンスを残しながら、やっと陸地が視界から遠くなる。小説家・水村美苗が書いた『日本語が亡びるとき』は、「話」ではなく「論」であること、つまりこれは小説ではないのだというあたりまえの事実が、ようやくハッキリしてくるのである。