英国の作家、72年生まれのダン・ローズのデビュー作である。この次に出版された『ティモレオン』(中央公論新社/中公文庫)が大ヒットして、日本でも出版されているから名前を聞いたことがある人も多いと思う。『ティモレオン』はイタリア人の初老の紳士に飼われ、ある日突然彼らの生活に入り込んできたボスニアの青年に捨てられた犬が主人公の物語だ。他に短編集の『コンスエラ―七つの愛の狂気』(中央公論新社/中公文庫)と、別人名義で発表した軽やかなミステリー『小さな白い車』(中央公論新社)が翻訳されている。しかし、歪んだ愛を美しく描かせれば天下一品、というこの作家の名を最初に知らしめたのはこの処女連作集であり、ダン・ローズのエッセンスがここに詰まっている。
ハードカバーやペーパーバックでいくつか版が出ているが、このアメリカ版のペーパーバックの表紙が圧倒的に良い。ピンクのバックに、ミニスカートやヌードの美しい女性たちがコラージュされているデザインが、60年代風である。
この小説集には、ページにして一枚足らず、わずか十二~十四行の短いラブストーリーが百一編、A to Zの順番で収録されている。最初の短篇のタイトルは、「Anthropology」(人類学)。僕には人類学者の恋人がいた。彼女は研究でモンゴルに行き、部族と同化することによって、彼らのことをより深く知ろうとした。彼女は手紙で一方的に別れを告げてきた。革の帽子の縁で荒れ狂う風から目を守りながらヤクを連れて凍るほど冷たい丘に登り、冷たい唇を温めるのはもはや髭だけとなってしまった、そんな彼女を思い浮かべると僕の心は張り裂けそうになる、そんな話だ。
どの話も少し歪んでいる。どの話もはかなく終わり、小説というよりは、まるで二分半で終わるラブ・ソングのようである。永遠の愛を誓っても、一生消えない失恋の痛みを歌っても、ラブ・ソングはあっという間に終わってしまう。それこそが愛の本質であるというかのように。
百一の物語の内、六編が「恋人が僕を捨てて出て行った」という一文で始まる。物語に出てくる女の子は、大抵シンプルに「僕の恋人」、あるいは「僕の昔の恋人」と呼ばれているが、パリス、ザジ、タルーラ、アンバー、メロディ、ルルラといった名前がついていることもあれば、ヒバリや流れる水、ジギタリスといった変わった呼び名を持つこともある。
ある物語の主人公は恋人があまりに美し過ぎるという理由で、彼女に捨てられた昔の男たちが気の毒になり、彼らに彼女の可愛い表情や仕草などを逐一報告するニュース・レターを出すようになる。
ある物語の主人公は、恋人に捨てられて睡眠中に泣くようになり、寝言で彼女の名前を大声で呼んで、警察まで出動させる。見物人たちはそんなに彼を傷つけた恋人に興味を持ち、見つけ出すが、「思ったほど可愛くなかった」と言って立ち去っていく。
センチメンタルで少しだけ皮肉で、そして悲しい愛の物語が百一編。美しくて残酷な女の子たちが沢山出てくる。彼女たちを諦めきれなくて、夜ごと枕を涙で濡らしている男たちが同じ数だけ出てくる。この小説集のようなラブ・ソングばかりを歌う男性ミュージシャンがいたような気がするが、今、どうしても思い出せなくて困っている。