早川書房と並んで、我が国の翻訳ミステリ界をリードし続けてきた東京創元社。その代名詞ともいえる創元推理文庫が、今年めでたく創刊50周年を迎えた。ガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』、A・A・ミルン『赤い館の秘密』、ロス・マクドナルド『凶悪の浜』、ヴァン・ダイン『ベンスン殺人事件』。この四冊を皮切りに、半世紀にわたって毎月のように海外ミステリの良作――世代を超えて読み継がれてきた古典から、先駆的で実験的な新作まで――を、目配りよく供給し続けてきた功績は、いくら強調してもしすぎるということはない。
そう、目配りが良いのだ、創元推理文庫は。考えてもみて欲しい。G・K・チェスタトンの<ブラウン神父もの>とヘニング・マンケルの<クルト・ヴァランダーもの>――奇想と逆接に満ちた古典本格ミステリと現代警察小説の金字塔――とが、同じ叢書の人気シリーズとしてコンスタントに売れているという状況が、いかに凄いことかを。そんな幅広くバランスの良い品揃えが、長年にわたって多くのミステリ・ファンを魅了してきた所以である。
この豊穣な叢書に居並ぶ個性豊かな作家の中でも、一際独創的で重要なのがキャロル・オコンネルだ。なぜなら彼女の作品には、あらゆるジャンルのミステリ・ファンを満足させうる要素が盛り込まれているからだ。巧妙に織り込まれた伏線と、精緻にして絢爛なミスディレクションに彩られた謎と解明、己の信念と正義を貫き通すタフな主人公、幻想感漂う独特の文体が紡ぎ出すサスペンス豊かな物語。
ジャンルの細分化が進み、自分の好みの本以外には関心を示さない“たこつぼ的読書”が主流となり、「名探偵コナン」に代表される漫画やアニメが“入門書”として大きな地位を占めている現在にあって、誰にでも気兼ねなく自信を持って薦められる数少ない作家、それがキャロル・オコンネルなのだ。
そんな彼女の世界に触れる最初の一冊としては、やはり『クリスマスに少女は還る』がふさわしい。ニューヨーク州北部の片田舎の町、メイカーズ・ヴィレッジ。特異な才能を秘めた子供たちが集う寄宿制学校・聖ウルスラ学園がある以外には、とりたてて見るものもなく、森と湖の間にひっそりとたたずむこの閑静な田舎町で、クリスマスを間近に控えたある日、二人の少女が忽然と姿を消した。一人はグウェン、ニューヨーク州副知事を母に持つ、十歳の美少女。もう一人はサディー、ホラー映画マニアで始終騒動を引き起こす問題児ながら、誰もが愛さずにはいられない不思議な活力に満ちた、グウェンの親友。
捜査にあたる刑事ルージュの胸に、十五年前の同時期に起きた悪夢が甦る。当時、同じく誘拐されて、わずか十歳にしてクリスマスの朝に死体となって発見されたのは、彼の双子の妹スーザンだったのだ。だが、犯人と目された地元教会の若き神父は、いまだ服役中だ。悩むルージュの前に、貌に醜い傷跡のある美しき女性が現れる。ルージュの過去を知るこの謎の女性は彼に告げた。「あなた、妹さんを殺した犯人はまちがいなくあの神父だと思う?」。一方、監禁された少女たちは、必死に脱出を試みるが……。
なによりもまず、登場人物の造形が素晴らしい。妹の死以来、諦観した日々を送るルージュ。なぜか醜い傷跡を整形せず、むしろ強調したメイクを施す美しき法心理学者アリ。かつての恋人アリに未練を残すFBI捜査官のアーニー。娘の死を克服できず、酒に逃避し続けてきたルージュの母、エレン。そしてなによりも、生き残るべくけなげに奮闘するグウェンとサディー。これら、個性豊かなキャラクターたちが、自らの信じるところに従い、愛する者を守るために行動するとき、過去は新たな顔を見せ、停まっていた時は動き出す。
彼らの一挙一動が、まるで目の前で展開されているかのように、鮮やかに脳裏に広がっていく。それを可能にしているのが、オコンネル独特の文体だ。地の文と内面描写とが渾然一体となり、ビジュアルな比喩を多用し、時に幻想感を漂わせながら、うねり脈打つ文章は、読む者の心をとらえて放さない。
さらにこの作品は、邦題からも明らかなように、欧米で盛んに書かれてきたクリスマス・ミステリでもある。巨匠エラリー・クイーンは、この分野の不文律として、子供が登場し、奇蹟が起きること、と唱えている。本書はこの条件を満たすことで、愛と救済と贖罪の物語になると同時に、超絶技巧のプロットを成立させ、衝撃とともに深い感動を与えてくれる、奇蹟のようなミステリである。