家族を失って二人きりになったカウボーイ兄弟(もう十分大人)が主人公。この兄は文字が読めないのだが、文字の読める弟が読んで聞かせてくれるホームズ物語、きかっけは「赤毛連盟」、これを聞いてホームズにのめり込んでしまう。文字は読めないが頭脳明晰で、難しい言葉も理解し使いこなせる男だ。弟はこの兄を慕って一緒にカウボーイ暮らしを続けている(兄を含めて家族皆が、せめて下の子は文字を読めるようにしてやろうと応援したことを弟は感謝している)。
19世紀の後半、遙かイギリスではシャーロック・ホームズの物語が評判になり、その掲載誌がアメリカ西部にも流れてきている。それを弟が手にして、夜、焚き火を囲んだときなど声を出して読み、兄はそれを聞いてホームズに心酔してしまったのだ。ホームズを実在の探偵と信じていることはいうまでもない。ホームズ物語が載った雑誌が順番にきちんと届くわけではないので、何編かしか「聞いて」いないにもかかわらず、兄はすっかりホームズスタイルを身につけていく。
証拠をしっかり集めてから推理すること。物事はただ眺めるのではなく観察すること、すべての証拠が揃った時に論理的に導かれる結果は「奇妙なものであっても」正しい、など、ホームズがワトソンにいう言葉を兄は素直に聞き入れ、ホームズ式推理法を身につけてしまう。
弟は、いい奴で、兄がもう一度読んでくれと言えば繰り返し読んでくれる。そうして、あちこちの牧場で雇われて暮らしつつ「兄はホームズ役、弟は何となくワトソン役」になっている。そして酒場にいるところを誘われて、今度ありついた仕事で連れて行かれた牧場は、何か胡散臭い。
この牧場で何か起きて、兄貴が解決するということだなと読者は見当を付ける。
最初に与えられた仕事が、牛の群に踏みつぶされてグジャグジャになった死体の後始末である。その時に兄はしっかり「ホームズ的」手法で観察し、遺体を詳しく調べ、足跡など周囲の状況を記憶し、牧場を管理している者たちから鬱陶しい奴と思われてしまう。この辺から「推理小説」になるので、あまり状況は説明できない。
雇われカウボーイたちは広大な牧場を本当に安い賃金で朝から晩まで走り回るということがよくわかる。奴隷ではないので食事などは粗末ながらも十分、その一方、寝る小屋などはひどい環境。牧場に雇われるとき銃を取り上げられるが、銃がないと結構頼りない感じになるとカウボーイたちは言っている。こうしたカウボーイの日常は、そういうものなのかと思うしかない。
たいていは兄弟で行動し、一つ一つの事象について、ホームズとワトソンのように言葉を交わす。
兄弟が働き始めてほどなく、イギリスから牧場の持ち主がやって来る。やってきたのはイギリス貴族。広大な西部の牧場は、遙かイギリスの貴族の持ち物なのだ。この貴族たちと、牧場の管理人たちと、仕事をするカウボーイたちの言葉の違いや文化の違いが、あるいはイギリス貴族とカウボーイの「話が通じない」やりとりが面白く描かれている。
そのイギリス貴族たちが牧場にいる間に第二の事件が起来て、いよいよ兄貴の「ホームズばり」の頭脳が役に立つときが来る。
どうせカウボーイそんなに頭は働かないだろう、と見くびっている者たちを、見事な推理でやりこめるのがうれしい。
ホームズファン必読、とはいわないが、こういう創り方のミステリもあるのだと楽しんだ。シリーズでもう一、二冊読みたいと思う程度に魅力がある。
と思っていたら、第2弾『荒野のホームズ、西へ行く』がこの6月に刊行されるそうな。どうやら世間の評判もいいらしい。