マティーニ、というと、どんなイメージを思い浮かべるだろうか? 黄金期ハリウッド映画で、キセルを手にした美女が飲んでいる粋なシーン。あるいは、ジンの代わりにウォッカを使い、「ステアせずにシェイクで」とバーテンに注文するジェームス・ボンド。もっとハードボイルドに、ベトナムで開高健が口にした「ナイフの刃のように研ぎ挙げられたドライ・マティーニ」だろうか。
ジンとベルモットで作るマティーニはシンプルなカクテルだが、飲む人によって好みがあり、作り方について様々な議論がなされる。ステアかシェイクか。オリーブは添えるのか。レモンは使うのか。ジンにどれくらいベルモットを加えればいいのか。また、そのルーツについても諸説あり、ここでも議論が絶えない。しかし、このきりっとした味のカクテルが非常にアメリカ的な産物であることは、万人が認めるところだろう。それ故に、アメリカ人はマティーニというカクテルの在り方とその起源についてこだわるのである。アメリカには、マティーニの起源を追求したり、マティーニの歴史やトリビアを紹介する「マティーニ探偵」的な書き手が大変に多いという。
『マティーニを探偵する』という魅惑的なタイトルがついたこの本は、ただ映画や小説に出てくるマティーニを文化的、風俗的な切り口で紹介するのではなく、その起源と、マティーニにこだわるアメリカ人の有り様を社会学的な観点でとらえた、すっきりと辛口で読み応えのある、まさにマティーニのような読みものなのである。
第一章はマティーニが生まれる前の時代、清教徒たちが新大陸に渡ってきた時の「アメリカ人と酒の歴史」から始まる。イギリスからの入植者たちにとって、ビールは水以上に大切な飲料だった。水よりもビールは衛生的であり、長い船旅でも品質が保てたからである。酒は健康に良いとされ、飲料水に適する水源を見つけた後も、入植者たちは自宅などでビールを醸造し、ワインを飲み、新大陸の酒としてラムを好んだ。独立戦争で英国領土の西インド諸島からラムが輸入されなくなると、ウィスキーの出番だ。そこから初のカクテルであるミント・ジュレップが生まれることとなる。
カクテルの起源から、マティーニの誕生へ。ここで「マティーニ探偵」たちの説は分かれ始める。マティーニというカクテルの持つ、どのような要素に注目するかによって、マティーニの起源が変わってくるという論説は面白い。ゴールド・ラッシュの時代、カリフォルニア州のマーティネスという市で生まれたという説が有力らしい。アメリカン・ドリームとマティーニがここでは密接に結びついている。
また、初期のマティーニは今と大分レシピが違ったようだ。それが今のような辛口のカクテルとなり、洗練された都会と結びついていく背景には、どんな歴史があったのか。それを解き明かしていくと、透明な酒をたたえたカクテル・グラスの向こうに、アメリカという国が透けて見えてくる。
六十年代、ヒッピー文化などの新しい価値観がアメリカを席巻するようになると、「大人の」飲み物としてのマティーニの価値は失われ、マティーニの人気は衰退する。再びマティーニが脚光を浴びるのは、九十年代半ばの好景気時代だったという。
今、アメリカではマティーニをはじめとするカクテルは再びブームだという。ワインの知識を競う旧世代に反発した若者たちが自分たちの飲み物としてカクテルを再発見したらしい。そうすると、マティーニというカクテルが背負う文化もまた変わってくる。このカクテルに対するマティーニ探偵たちの興味は今後も尽きないようだ。