タイトルにある「一箱古本市(ひとはこふるほんいち)」とは何ぞや? 知らない人には想像もつかないかもしれないが、一般の人がミカン箱程度の箱一つ分の古本を持ち寄って、路上で売るというイベントだ。
二〇〇五年春に、東京都文京区の谷中・根津・千駄木あたりのエリアで始まり、たくさんの客を集め、大成功を収めた。その後恒例化し、秋の部も加え名物イベントとなっている。
それだけではない。「一箱古本市」のシステムが全国に飛び火し、仙台、名古屋、米子、広島、福岡などと「一箱古本市」を中心とした、町と本と人が結び合うブックイベントが続々と企画され、いずれも盛況なのだ。このシステムを作った中心人物が、本書の著者である南陀楼綾繁。「ナンダロウアヤシゲ」と読むが、無論ペンネームで、古本、新刊、図書館、ミニコミなど、本に関するユーティリティ・プレイヤーである。
本が売れない、町の本屋が消えていく、雑誌が次々と休刊に……と、本および出版に関する環境は悪化の一途をたどり、口を開けば暗い、ネガティブな言説ばかりが小声でささやかれる。そんななか、大声で「本が売れる」「本が人と人を結ぶ」「うれしい」「たのしい」という表現で埋めつくされるのが、この「一箱古本市」なのだ。いまや「ミスター一箱古本市」として、地方都市でブックイベントが開かれる際、アドバイザーとして馳せ参じるまでになった著者が、たった五年でここまで成長発展した「一箱古本市」の始まりから、そのノウハウ、付随して広がるブックイベントの現状などをつぶさに公開したのがこの本だ。
「それまで古本市と云えば、プロの古本屋さんが大量の本を並べて売るのが普通だったが、この一箱古本市では、誰でも自由に参加できる。各自が『はなめがね本舗』『しょぼん書房』『くちぶえブックセンター』『AZTECA BOOKS』などの屋号を名乗り、一冊一冊に値段を記入したスリップをつける。会計は箱ごとに行なう。店主はどんな本を出すか、どんな売り方をするかも含めて、『本屋さんごっこ』を楽しんでいる。箱のディスプレイに趣向を凝らしたり、買ってくれた人にオマケをつけるなどのサービスをする店主が多い」
これは二〇〇九年春に二日にわたって開かれた「一箱古本市」の報告だ。店名や売り方に表れているが、遊び心とユーモアがあるのがこのイベントの特徴。プロの書店員や古本屋から見れば、しょせん遊び、と映るかもしれないが、そこが大事なのだ。著者が「本屋さんごっこ」と言う通り。
しかし、第一回から売る側として参加している私の記憶に残るのは、プロの古本屋店主による「こんなに本を楽しそうに売る、お客さんも楽しそうに買う光景は初めてだ」との発言だった。
また、「一箱古本市」には、開催時期に合わせて、作家によるトークショーやミュージシャンのライブなど各種イベントも催される。本好きというのは、いまや「暗い」と言われ孤立しがちだが、このイベントを通じて知り合い、輪ができていくのだ。著者はこう書いている。
「これらの店を取材していて感じたのは、ひとつの『ブックイベント』が、いろんな人を巻き込み、それに影響を受けた人たちがまた別のイベントを始めるといった連鎖が起こっていることだ。『本』には、人と人をつなげていく力があるのだと思う」
本も商品である以上、流通に乗って、たくさん売れなければ困る。それは間違いないことだろう。しかし、売れない売れないとボヤき、毎日二百点に及ぶ新刊の洪水を塞き止め、川下へ案配して流すことに汲々していると、あるいは棚ざらしになって動かない古本を眺める日々が続くと、つい忘れがちになるのがこの言葉ではないか。
「『本』には、人と人をつなげていく力があるのだと思う」
これは「失われた十年」を経て、二〇〇九年の今日におけるもっとも力強い「『本』力宣言」である。