およそ420頁の決して短くはないこのミステリー小説には、ラストの30頁ほどに、大どんでん返しが用意されている。いや、大などでは生ぬるい。大大大、だ。すごいんだから、ホントにもう。
主役は二人の詐欺師、武沢竹夫タケさん四十六歳と入川鉄巳テツさん四十五歳。
テツさんは鍵屋だった。が、店の経営が苦しくなり、アパートの錠を自分で壊しておいて、後でその錠の交換を仕事として請け負うというまさに詐欺を、タケさんの部屋で働こうとしたところで、さすが詐欺師のタケさん、これを見破り、逆にテツさんの悲惨な境遇を聞かされ、二人は仲間になった。
タケさんとて、そもそもは詐欺師ではない。メーカーの真面目な営業マンであったのだ。しかしその人生は除々に下降線を辿っていった。十二年前、妻が肝臓癌で死んだ。一人娘の沙代と暮らしていたが、ある日、子育ての不安やストレスからちょっとだけ解放されたいとの誘惑から、同僚と新宿の賭場に行った。同僚の勝負を観戦するだけのつもりだったが、その同僚が賭場の罠に捕まり、カモにされ借金をこしらえた。タケさんがその保証人になった。二百万円。同僚は行方をくらませた。二百万円はタケさんの借金になった。消費者金融、そしてヤミ金と、金利は膨れ上がり、催促の電話は会社にまで及んだ。
やがて会社をクビになったところで、ヤミ金業者から妙な提案があった。これ以上の利子の課金は止める、その代わりに仕事を手伝えというのだ。慣れたところで、今度は「わた抜き」をやれという。「返済能力が限界を超えて支払いが滞っている債務者から、最後の金を奪い取る」というものだ。タケさんは自分の借金の返済と、沙代との平穏な生活を取り戻したいがため、必死だ。非情な「わた抜き」をやった。その結果、債務者の一人、母子家庭の母親が自殺した。
「間違っている」、自分の内部から響いてくるこの言葉に促され、タケさんは組織の書類を盗んで警察に渡した。ヤミ金組織は壊滅に追い込まれた。そして、あまりにもおぞましい報復…。悲嘆に暮れるタケさんの携帯電話が鳴り、聞き憶えのない男の声が囁いた。「これで終わりじゃないよ」
タケさんは戸籍屋から他人の戸籍を買って、まわりとの関係を断ち切った。「正直者が馬鹿を見るこの世の中を、別の人間に生まれ変わって、もう一度生きてやろうと思った」のだ。そして、詐欺師となった。
タケさんとテツさんに、河合まひろ十八歳とやひろ、もうすぐ二十六歳の姉妹が加わる。父親は行方知れず、母親はすでにない、この姉妹も世間を堂々と渡っているような人間ではない。まひろは女スリでやひろはなにもしていない。さらにやひろの恋人、マジシャンの石屋貫太郎も加わって、ここでメンバーが揃った。
なにをやるのか。「これで終わりじゃないよ」という不気味な予告どおりの悪辣な仕掛けをしてくるヤミ金組織の残党に対して立ち向かうのだ。
さあ、いよいよここからが詐欺師たちのコン・ゲーム大勝負となるわけです。しかしこの時点で、読んでいるこちらのアタマのなかでは、どうも納得できんぞ、と不満も発生している。
その一。実はここまでですでに全体の紙幅の五分の三ほどが費やされているのだ。おいおい、ここから盛り上がるぞ、というときに、もう残りのほうが少ないじゃないの、これでいいの?という不満。
その二。さらにこの時点で、やや疑問が残る部分があった。何箇所かで、なにか書き切れていないのではないかという、妙なフラストレーションを感じさせられたのだ。さらに都合のいい偶然の出会いというやつもあった。
この不満、最後まで残るのか?(とすれば、この書評を書く気にはならないんだけどね)、あるいは何らかの理由があるのか?
さて、最後は大立ち回りも控えているのだろうから、もちろん止められない。事実、詐欺師らしい知恵を振り絞って組織を追いつめていくコン・ゲームには、シビれた。掛け値なしに面白い。山あり谷ありをギューッと凝縮したスピーディかつスリリングな展開。そしてその対決もいよいよ結末へ…。
で、これで終わりじゃないんだな。それが大大大どんでん返し。
例によって伏線は、前作『ラットマン』と同様、たっぷり張りめぐらされていました。まずは完全にしてやられたことを正直に白状します。それにも増して、なにか書き切れていないと思われる箇所、偶然の出会いを用意したことの理由がわかったときに、本当に驚いた、魂消た。同様に、メンバーが揃って、その生活や交流の様子に多くの頁が費やされた理由も氷解。道尾秀介の、全体を見渡す構成力、そして細部まで行き届いたストーリーテリングは実に見事。これでまだ三十代前半というのだから恐れ入るしかない。ちなみに、この大いなるコン・ゲームの真の理由には泣かされまでしました。
読後、実にいい気分にさせられる。もう大満足である。それにはちゃんとした理由がある。通常のレベルからの盛り上がりではない。フラストレーションのある状態、つまり通常以下のレベルからの、それを一気に吹き払っての盛り上がりなので、当然、満足の飛距離が伸びるわけ。そこも道尾秀介の計算のうち。なんという周到な作家なのでしょう!!